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2018年11月21日

二度叱られたくない…(日産記者会見通訳に見る「喋りの立ち居振る舞い」についての一考察)

以前、インハウス時代に

「上司に英語で叱られてからに、通訳者にも日本語で叱られてからに『正直、その通訳、勘弁せえよ』と思う人(通訳者)おるわ…」(広島弁)

とコッソリ教えてくれたエンジニアさんの事を思い出しました。

***

元会長カルロス・ゴーン氏の逮捕という衝撃ニュースを受けての昨日の記者会見。車業界出身の私としてもショックを受けました。しかし注目したのはやはり会見通訳。最初の発表部分は元ゴーン会長専属通訳者の森本さんお一人で担当、それ以降の質疑応答では一問一答で交代。内容が内容だけに悲痛な感じは否めませんし、心中は察するにあまりあります。長く仕えた上司の逮捕という衝撃的なニュースをはからずも記者会見通訳するという重責。本当にお疲れ様でした、と言いたいです。

日本語音声
英語音声

上記リンクからYoutubeでどちらも視聴可能です。

森本さんはゴーン氏に10年以上に渡り仕えた優秀な通訳者で、ゴーンさんが憑依するタイプのパフォーマンスで、そのことが日産の公式サイトでも取り上げられていました。そして、そのように訳出する彼女のスタイルを誰よりもゴーン氏自身が非常に評価していました。

しかし、今回の記者会見での英語通訳は、総じて西川社長自身の真摯で落ち着いた口調を裏切るものでした。ゴーン会長ほどの抑揚や語気の強さは無いにもかかわらず、彼女はゴーン氏通訳の時と同じパフォーマンスをされました。質疑応答では記者が詰問するような口調も有ったようですが、そこを訳出する彼女の声は裏返る勢いでした。一問一答で交代したペア通訳者もどちらかというとかなり尖った口調で訳出する方でしたが、森本さんほどではなかったようです。

これが翻訳であれば参照すべき文脈が通訳に比べると格段に少ない分、むしろターゲット言語(英語)の文化に近づけた文章として成功する可能性は高いでしょう。通訳の場合は、特に今回のようにビジュアル情報がある事が多く、オリジナルスピーカーがどのような語気で、姿勢で、トーンで話しているかは一目瞭然です。そのため「オリジナルへの裏切り」がより顕著に出てしまいます。

ここから学ぶとすれば、フリーランスで仕事する限りは、特にビジネスの現場では「雇い主の利害と意図を念頭に置きながらもニュートラルなデリバリーを心がけること」でしょうか。学会などの発表会や講演会のような一方的にスピーカーが内容を伝える場では彼女のような憑依型がしばしば効果的です。しかし、利害の異なる相手がいる場での通訳デリバリー・パフォーマンスはそれとは違うよりニュートラルなアプローチが必要でしょう。

個人的には普段はニュートラルなデリバリー・パフォーマンスに近づけて行くために、ブースの中では「三つの抑える」を心がけています。

  1. (声のボリュームを)抑える
  2. (声のトーンを)抑える
  3. (喋りのスピードを)抑える


以前は「下げる」でしたが、何となく響きがネガティブなので変えました(笑)メモの端に下矢印を三つ書いて見えるところに置いておきます。時々目をやることで心を整えるという感じで、それなりに効き目はあるように思います。

というのも、ニュートラルなデリバリ・パフォーマンスから憑依型への移行は実はそれ程難しいことでは無いからです。スピーカーの熱弁が加速すれば、意識しなくても通訳者にもその状態は伝播します。内容がロジカルであればあるほど通訳者の内部思考にスピーカーへの共感が芽生えやすくなり「憑依」への傾向は強まり、声のトーンは上がりがちになります。

誤解を避けるために付け加えると、今回「私は」森本さんのパフォーマンスの「オリジナルへの裏切り」に疑問を呈した訳ですが、これは彼女一人が引き受けるべき問題とは考えていません。

彼女の立場に立てば、長年このスタイルでやって来たことを急に変えることは不可能でしょう。しかもそれは彼女の雇い主の求めに応じてそうしてきたことであり、彼女自身は何一つ間違ったことをしてきた訳では無いのです。ゴーン氏を経営トップに迎えた日産は、彼女のパフォーマンスにも支えられながらV字回復を遂げました。

ポイントは日産は彼女がこうしたデリバリーをする通訳者だと知った上で今回の記者会見にも彼女を起用している事です。英語で社長が回答しようとした際も必ず通訳者を通したのは、彼女のパフォーマンスを信用しているからに他なりません。(面倒が起きても後で『あれは通訳の訳出がまずかった』とできる…という方便も折り込み済みですが、苦笑)

しかし、企業が一般社会へ広く直接目に触れる形でメッセージを出す際に、日本語であれば当然払うべき「喋りの立ち居振る舞い」ともういうべきデリバリー・パフォーマンスに、英語側ではいささか企業としての配慮に欠けていたということでは無かったでしょうか。

どんなに仕事が機械に奪われようとも「メッセージ」の受け手はいつも人間です。グローバル化が進み様々な文化に生きる人々に何をどう伝えるか?高い正確性があるもののコンテクストを汲んだ訳出が苦手と言われる機械翻訳・通訳で済む場面と、済まない場面と、この先、企業が見極めを迫られる局面が増えるような気がします。

今回の会見の通訳は、危機管理初動としても西川社長の誠実な対応がネットでは一般的に好意的に受け止められているだけに、個人的に残念な点でした。