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2016年10月12日

通訳における印象操作のリスク(訳語の選択)

アメリカの大統領選挙に絡んで、ニュースでヒラリー・クリントンやドナルド・トランプのスピーチがボイスオーバー翻訳付きで放送されることが増えました。先日、NHKニュースの中でもヒラリーのスピーチが女言葉でアフレコされていた事が問題視され、改めて「スピーカー本人の人となりを勝手に解釈し印象付けを行うのは情報操作の一環ではないか?」といった問題提起が見られました。

例えば、黒人のラッパー少年が話すと「俺は」になるのに、ジャスティン・ティンバーレイクが話すと「僕は」になるのは、そこにステレオタイプな印象操作が関与しているとされても仕方がない気がします。そして確かに、必要以上のそうした脚色には違和感を感じるものです。

しかし、通訳を考える時、これはとても重要な問題で、通訳がinterpretation(解釈)と言われる所以でもあります。幸いで、「俺」「僕」などというような現場に遭遇することは通常ビジネスの場ではまず有りません。ですので、上記で述べた例での印象操作につながるようなリスクはほとんどありませんが、解釈する主体としてそのリスクは理解しておくべきだと、このニュースを聞き改めて感じました。

実際、時に白熱した会議の場所などでは感情に任せて極端な発言が出てくる場合もあります。結局、正解はその場その場にしかなく、通訳者がその場で様子を見ながら判断、解釈して訳出するしかないと考えています。関連して、思い出される同僚から聞いた話があります。

スピーカー: I think this is f***ing crazy!
通訳者:正気の沙汰とは思えません!

正直あっぱれだと思いました(笑)が、Fワードが入っている時点で「正気の沙汰ではない」という言葉の「上品な選択」が不釣り合いになってきます。

あぁ、言葉は難しい…