「世界の料理ショー」
Galloping Gourmet / Graham Kerr
まず、あの当時男性がネクタイ姿で料理しているのが斬新でした。当時の豊かな「アメリカ」が、電気製品、カトラリー、カラフルな鍋や食器類として「台所」ではない「キッチン」の随所に散りばめられていました。それら全部を曲芸みたいに操り、さらに軽妙なオシャベリでたまに裏方Steveに「おい、スティーブ!」なんて毒付いたりオヤジギャクを飛ばしながら、美味しそうな料理を完成させてしまいます。
今見ても本当に楽しい。ところが、あらためて気付いた事があります。当時私は当然日本語で観ていましたから、あの楽しい軽妙な彼の語り口は「日本語の吹替え」でした。つまり、吹替用のスクリプトが素晴らしい!ということだったのです。英語の動画も見ましたがGrahamの語り口を全く損なっていないし、再現している声優さんも本当に上手い。
最後に、翻訳者と声優の名前がクレジットされていたので、ちょっと調べてみたところやっぱり素晴らしいにはそれなりの理由がありました。翻訳者は小川裕子さん。そして声優は数名が担当していたみたいですが、最終的にはの黒澤良さんに落ちついたようです。
なんとオリジナルではスティーブに突っ込んでなかったとは!この他にも、アメリカのポップを口ずさむところを吹替ではピンクレディーの歌詞で歌わせたりしていたそうです。Grahamのあの軽さに合わせて「やっこさん」「おっかさん」「べったり塗ってね、オバちゃんの厚化粧のように。」「はいはいカワイイ僕のチキンちゃーん」なんて、日本人の耳にとても楽しいじゃないですか。まぁおやじギャグではありますが(笑)グラハム・カーGraham Kerr の初代吹替・浦野光インタビュー
(平凡社『QA』1991年2月号掲載)
「ぼくが声を担当していたころは、東北新社のディレクターの川村常平さんと翻訳の小川裕子さんで、日本語版を作ってたんですけど、翻訳の小川さんがこの番組に惚れ込んでいましてね。
外国のギャグなんて、そのまま翻訳しても日本では通じないもののほうが多いから、ストーリーに合わせていろいろアレンジしてくれたんですよ。
それでもまだ、グラハムの口と台詞が合わない部分が出てくるんです。
そこで、番組のスタッフロールにスティーブっていう監督の名前が出てくるんですが、こいつを使って台詞を作ろうということになりましてね。
ですから日本語では、『だめじゃないか、スティーブ!』とか言ってますが、実際の作品にはそんな台詞はないわけですよ」
「奥様は魔女」に始まりアメリカや海外のテレビドラマやショーは小さい頃から見てきましたが「面白かった!」と記憶している物にあまり「吹替え」を意識して見た覚えは無いな…と今更思います。原語で理解できる楽しさもありますが、深く自分の中に馴染んだ日本文化の脈絡で優れた日本語吹替えを聞くことで、作品を堪能し尽くす事ができていたのだなぁ…と、映像翻訳者の仕事の奥深さを再発見しました。