2012年2月5日

「何も足さない、何も引かない」

もう随分前のサントリーウイスキー山崎のCMで使われた有名なキャッチコピーです。通訳や翻訳でも、スピーカー発言/原文から「何も足さない、何も引かない」ことでアウトプットはより品質の高いものになるという意図でよく使われてきた気がします。

でも、文字通り「何も足さない、何も引かない」を忠実に実行することで品質の高い通訳/翻訳のアウトプットは可能なのでしょうか?


最近はWEBベースの機械翻訳を切り貼りして文章を作る方も多いようですが、文章のコンテクストを考えないこの作業は、まさに「何も足さず、何も引かず」の”言葉の置換え”に終始したものといえるでしょう。しかし、それがどれだけ危ういものか「きちんと知った上で利用した方がいいですよ。」…と言いたくなったりするのです。


通訳でも内情を知らない社内会議にポンと投げ込まれたときに、”仕方なく”「言葉の置換え」的な通訳を迫られることはあります。既に日本語で何を言っているのか分からない…という場面。そういう時はそれこそ「何も足さない、何も引かない。」という通訳を心がけるしかないのです。オーディエンスの顔を見ながら理解されているかどうか確認しながら進めます。

大抵は通じているようですが(本当に通じているかどうかは実際には不明…)、全く通じないことがやはり稀にあります。通じている場合でも、コンテクストの理解がないために最良の訳出はおそらく出来ていないでしょう。

コンテクストという意味では、通訳の場合は翻訳と比べると、文脈のみならずその場にいるメンバー、会議の性格、スピーカーの表情、語気、などの非言語コミュニケーションが担うところが大きいのです。

「何も足さない、何も引かない」はとても美しい理想的に聞こえる言葉です。しかし、その意味を言語レベルからのみ捉えることは、とても危ういということを一般の人にも知って欲しいと思うのです。

また、通訳・翻訳学校でもキャッチコピーにもなったその言葉の「響きの良さ」から、指導上よく使われる言葉になっているようです。でも、教える側がもう少し意識してその真意を伝える努力をしなければ、生徒さん達に間違った印象を与え、結果彼らが苦しむことになるはずです。

法廷通訳や医療通訳などの一部の特殊なシチュエーションではその「足さない、引かない」の度合いに(より強化される方向で)違いも出てくるでしょう。それでも、言語レベルの置換をすると意味をなさなくなってしまう言葉は確実に存在します。

「何も足さない、何も引かない」という言葉の一人歩きが、逆に通訳や翻訳という高度な技術・知識・機転を要する作業の価値を減じるような効果があるのでは…ふと、そんな気がするのです。

と思っていたら、今日、Twitterでおもしろい記事のリンクが流れてきました。ご参考まで。

【コラム】翻訳をめぐる批評
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
魚秀雄(オ・スウン)文化部次長