2011年12月12日

通訳案内士による東電への賠償請求 その2

2.通訳案内士の稼働実態調査に関する考察

Travel Vision


通訳案内士の専業率は10%、年収100万円未満38%−国交省、課題解決へ調査


2008年9月1日(月)


国 土交通省は通訳案内士の就業実態を調査し、このほど報告を取りまとめた。国交省が通訳案内士の実態を調査するのは初めてのこと。通訳案内士については観光 立国推進基本計画で、2011年までに現在の23.4%増となる1万5000人に増加することが盛り込まれているが、就業機会の不足や通訳ガイドの質、無 資格ガイドなど、さまざまな課題が指摘されている。そのため国交省は、就業実態を明らかにし、今後の制度運用を充実させる目的で、2月から3月にかけてア ンケート調査を実施。1万403通を配布し、3446通の回答を得た。


こ れによると、有効回答者の年齢は50代が29%で最も多く、次いで40代が27.2%、60代が17.8%、30代が12.6%。東京都と神奈川が多く、 関東地域だけで全体の55%を占める地域属性の偏りがある。また、回答者のうち、通訳案内の就業者は26.4%の911名で、そのうち専業者は10.2% の353名。専業者の稼働日数は101日以上が33.1%だが、30日以下が28.3%と多く、年収は300万円以上が23.2%、100万円未満が 38.8%と、稼働率の悪さとそれに伴う低収入の実態が露呈した。


一方、通訳案内業に就業していない人は73%にのぼり、兼業者は回答者のうち16.1%。このうち、42%が将来、通訳案内に就業する意思を示し、34%が検討している。


今回の結果を踏まえ、国土交通省では今後、ホテルや旅行会社など関連業から出されていた客観的な意見や、日本観光通訳協会(JGA)などの団体からの意見を含めて総合的に課題を議論する場を設け、制度運用の充実に繋げる考えだ。
記事としては3年前のものですが法改正後に出たものですし、十分参照するに値すると思います。まとめると、専業就業者の割合が低いこと、資格取得者数に地域的な偏りが著しいこと、専業就業者であっても稼働率が悪く低収入であることが分かった、というものです。



3.近年の通訳案内士問題ついての責任の所在

通訳案内士法の前身である通訳案内業法は、1949年と戦後すぐに施行されています。つまり、この職業そのものは日本の高度経済成長やバブル期をすべて経験して育ってきた職業のはずです。にもかかわらず、国家資格を取得しないと営めないこの職業の厳しい実態が、2008年にはじめて調査されて明らかになっています。そう考えれば、突きつけられた厳しい実態は、明らかに国の失策によるものでしょう。

と同時に、通訳案内士という職業を得て稼働してきた方々に、自営業者/フリーランスとしての認識が欠けていたのも大きな要因の1つと言えないでしょうか。


一般に世帯の主たる稼ぎ手の職業として通訳案内士をされている方は、その平均的な収入から見てもそれ程多くはないと思われます。 語学に堪能な主婦や独身者が副収入を得るための手段として稼働してきたらしいという推測は、かなり現実味のあるものではないでしょうか。(経験上、私のまわりの通訳案内士さんにもそういった方が多いです。)そのため、自営業者/フリーランスとしての感覚を持って活動する人が非常に少なかったであろう事は想像に難くありません。

そうした感覚の欠如によって業界そのものが底上げをはかってこれなかったというのも、否定しがたい事実だと思います。通訳案内士業界とて、市場経済にさらされ続けてきたのですから、需要に変動が現れるのは当たり前のことと彼ら自身理解してきたはずです。そして、通訳案内業法施行以来、何度ものそうした需要の変動を経験しながらも、その時々の状況に対して手立てを打ってこなかったことの責任の一端は、やはりそれを生業とする通訳士の方々にもあると思うのです。

4.通訳案内士業界における原発事故の「風評被害」

ここで冒頭でも触れた風評被害について考えて見たいと思います。原発事故後に読んだ光文社新書「風評被害そのメカニズムを考える」関谷直也著を少し引用してみます。まず、風評被害を関谷氏は下記のように定義しています。

同書12ページより
ある社会問題(事件・自己・環境汚染・災害・不況)が報道されることによって、本来「安全」とされるもの(食品・商品・土地・企業)を人々が危険視し、消費、観光、取引をやめることなどによって引き起こされる経済的被害のこと。

とあります。今回、通訳ガイド達が問題視した風評被害は「本来『安全』とされるもの(土地)を人々が危険視し、観光をとりやめた」ことだということができます。しかし、彼らは「本来『安全』とされるもの(土地)」で有ることをどう担保しようとしているのでしょうか?

一般に直接人間が口にする食品については、事故当初から政府が基準値を定めて(途中変動したりするものの…)食べても安全かどうかをアナウンスしています。しかし残念なことに、「土地」については少し様子が違っています。


もちろん、福島の原発周辺半径20km以内は原則立ち入り禁止であり、圏外であっても計画的避難区域の設定がされているというのは、周知の事実です。でも、それより離れた地域では日々「ドコソコで○○ミリシーベルトが検出」という検出値を報道するニュースが流れるのみで、長期的に一定線量を被爆した場合の危険性については基本的に安全性についての指標は示されていません。

しかし、さらに残念なことに「長期的に一定線量を被曝した場合の危険性について何も分かってないこと」について影響を被っているのは何も通訳案内士だけではないという事実です。

5.「風評被害」を根拠に損害賠償請求したことに大義があったか?


言うまでもなく、原発事故により仕事をなくしたり、収入が減ったのは通訳士だけではありません。似たような(でも随分性格は違いますが)会議通訳も各地での学会や国際会議が次々キャンセルされ、多くの通訳者は収入が激減しました。「原発事故後の一ヶ月半は、通訳エージェントから一度も電話が鳴らなかった」と言った東京の会議通訳者さん達に何人出会ったか分かりません。

ですが、最も直接的風評被害を受けたのはその土地に住まう人たちであり、職業でいえば農業を営む方々でしょう。他にも数え切れない職業の方々が深刻な被害を受けています。仮に、通訳案内士の方々が自ら声を上げることで、他業界と連携して東電に早期事態収束を問う…という大義が有ったのであれば、一定の評価に値すると思います。しかし、記事の中で

井ノ口氏は東電と政府に対し「一刻も早く事態を収束させ、収束宣言を世界に出して欲しい」と訴えた。
とあるのを読むと、本当に彼らは現状を認識したうえで「収束宣言を世界に出して欲しい」と考えているのだろうか?と疑問はさらに膨らみます。もちろん、地元の方々にとっても一刻も早い収束は悲願でしょう。しかし、日々報道される各地の放射線量を見れば、今そうしたことを訴えるにはまだまだ程遠いのではないかと私は思うのです。

先日、野田総理大臣は「ステップ2完了(原発事故の収束)」を発表しました。これは実際には、廃炉に向けた段階に入っていき、除染、健康管理、賠償も徹底していくということを意味していますが、マスコミの無責任とも思える一方的な報道も手伝ってか、多くの国民から「収束」という言葉に大反響が巻き起こりました。


しかし一方で、これは直接被害を受けた方々の立場に立てば、そして、マスコミが総理の発言の前後をしっかりと説明しないままに刺激的な「収束」という言葉に飛びついて報道したという事実を考えれば、心情的に十分理解できる反応だと、私は考えています。

こうした地域住民や、被害を直接受けた方々の感情未だ続く被害の状況を考えれば、東京電力に理にかなった損害賠償を求めていくべきだという「大義」をもって、彼らが賠償請求をし、「収束宣言を世界に出して欲しい」と求めた…とは到底考えにくいと思うのです。


「5月以降のキャンセル分も含めて請求している」のは、それまでの賠償金では足りない(生活が立ちゆかない)からでしょうが、そういった状況であるのはなにも通訳案内士だけではありません。「見切りを付けて転職を検討する者もいる。」というほうが至極自然な流れのように思われます。もちろん、それが有るべき姿だという積もりは全くありませんが…。