2011年10月3日

9. いつ、どこで役に立つのか?

何かを学ぶとき、これを学ぶと何かの役に立つ!と思って学習しはじめるものもあるでしょうが、語学はそういう類のものではないと言うことを忘れている人が多いように思います。

私が通った大手通訳学校では、通訳本科以前の通訳入門科のさらにその前の基礎科講座のレベルの生徒にまで「時事英単語表現集」という用語集を配っていました。これ、時事英語がとてもよくまとまっています。政治、経済、エネルギー、医療、環境…などとカテゴリー毎に単語が並び、その手の話になると普通に一般人が使いそうな単語や表現がギュギュッとつまっている。

ところが、入門科レベルから入学する人はある程度TOIECスコアも持ち、それなりに英語に自信のある方が入られています。そのためなのか…?時事英単語表現集の内容は「日常のビジネス通訳シーンではあまり出てこないような単語・表現ばかり。」という声を随分聞きました。

また、時事英単語表現集のみならず、通訳学校で扱う教材はノーベル賞受賞者のスピーチであったり、政財界大物のスピーチであったり、各国首脳の対談であったりと、とても仕事に就いたからと言ってすぐに通訳場面には出くわしそうにはない題材を扱ったものがほとんどでした。

実は恥ずかしながら私もそう思っていた時期がありました。当時はまだ仕事もしておらず、これが「何の役に立つのか?いつ役に立つのか?」サッパリ分かりませんでした。全くの想像力の欠如です。そして実際に、何人ものクラスメートが同じように「いつ何の役に立つのか分からない。」「私が求めていたものと違う。」と言って通訳学校を辞めてしまいました。

ですが、実際に仕事をするなかでは、あそこに出ていた単語でむしろ使わないものの方がめずらしいのです。


例えばある日の、スモールトークでさえこんな感じです。


部長の奥様が子宮頸癌になってしまったって。腫瘍がかなり大きくなってて、卵巣も一緒に摘出する大がかりな手術になったそうよ。既に肺への転移も見られたとか。部長、奥様がオペ室入り口まで行き、麻酔で眠るまでの様子を手を握りながら見てたんだって…。愛妻家だものね。無事終わったらしいけど、再発しなければいいわね。最近は子宮頸癌を引き起こす原因も特定され、アメリカで開発されたワクチンもやっと厚生労働省認可されて、接種健康保険でカバーされるようになったね。でも、日頃の食生活でも発癌物質誘発するようなものを含まないものを選んで食べなくちゃ。
TOEIC700を出せる人が果たしてこの会話を出来るでしょうか?まだ、職場・仕事の話にさえ入っていない会話です。これだけの用語が出てきます。ちょっと話はずれますが、個人的にはTOIECの落とし穴はこういうところにあると私は思っています。

そして「あんな使いもしない語彙に配点が高いテストは受けても仕方が無い。」といって英検1級を諦めてしまっている人たちのこともチラっと頭に浮かびます。


別に通訳にならなくても英語を使って仕事がしたいと思うのなら、政治や経済の話は日常会話レベルでも沢山出てきます。そしてビジネスの場で使うことになるなら、株価動向、会社の収支、投資、利益率、原油価格から最近では震災の影響から来る電力、原子力発電所関連の話まで。ありとあらゆるシーンで登場します。しかもあなたに通訳になりたいという目標があるなら「知らなければ”話にならない”語彙・表現達」ですから!

そもそも、英語を学ぶという行為は、例えば「エクセルの機能を学びに行く。」のとはまったく本質的に違っています。この「エクセルの機能の学習」の例でいうと、学習を開始する前にこれを学習すれば「特定・具体的な目的」を満足することが出来ると分かっています。そして、習得すればすぐに使えるようになります。

しかし「エクセルの機能」を「語学」に置換えることは果たして可能なのでしょうか?もともと語学を学ぶという行為によって何ができるか?どこで役に立つのか?と問いを立ててもせいぜい「いつか役に立つ。」とか「グローバル化が進むから絶対役に立つ。」など具体的に「いつ・どこで」を想定することはできません。

でも、語学がおもしろいのは、ちょっと覚えたことをすぐに口に出して試してみることができ、十分にコミュニカティブなセンテンスとして使うことができることです。学習の途上段階だから、まったく役に立たないということはありません。資格がなければ使うことを許されないようなものでもありません。時事英単語集だって大統領のスピーチだって、使えれば会話ができるし、分かれば知識、積み上げれば教養になります。

「エクセルの特定の機能を一部だけかじった。」だけでは、目的の機能をフルで使えないばかりか、最終形を完成させることはできないでしょう。そしてエクセルがガシガシ使えるようになったら、素晴らしいエクセル使いとして重宝されるかも知れませんが、それ以外に広がる要素は積極的に探さなければなかなか見つからないでしょう。

視点を変えれば、何かを学ぶのは「分からないから学習する。」と言えないでしょうか?「わからないからおもしろい。」と感じるのではないでしょうか?そして「何か分からないもの」に取組もうとしているのに「習得したら何ができるか?」なんてもっと分からないに決まっているのです。「いつ・何の役に立つのか?」なんて、到底分からないということです。語学学習は長い道のりです。語学だけを身につけると思えば可能性は閉じられますが、語学を習得する過程で得られる何かの可能性は誰にとっても未知です。


英語がしゃべれるだけじゃ何もできない。
英語がしゃべれるだけで色んなことができる。

解釈によってはどちらも本当です。でも、「だけじゃ何も…」の考え方はいかにも現代的。効率主義を追究すれば「いつ・何に役に立つのか?」を優先させすぎて、学習することから派生して得られる無限のチャンスを切り捨てているようにさえ思います。英語が話せるようになったときに身についているのは「英語を話すことができる能力」だけではありません。それが語学の醍醐味です。