2011年4月25日

社内通訳からフリーランス通訳になった訳

昨日開催の「通訳・翻訳セミナー in 広島」の中で今ひとつフリーランス通訳になった理由をわかりやすく説明出来なかったように思うので、ここで改めて説明しようと思います。

派遣社員として勤務していたころはとても充実した毎日でした。勤務したのは四年半強ですが、期間を通して充実しており、離れ難い職場でした。考えてみれば新卒で就職したSE会社にも実質同じくらいの期間しか勤めておらず、派遣通訳として勤めたこの会社は、私の古巣と呼ぶことのできる会社となりました。

私は派遣通訳の仕事をしながら「通訳の仕事の本質」を学んだように思います。当時、同じ会社の社員の目線で、どうやったら通訳として貢献出来るのかを真剣に考えていましたし、フリーに転向した今でもそれが「通訳の仕事の本質」だと信じています。そして本質的に通訳の仕事は同じにもかかわらず、派遣社員からフリーランス通訳へ転向したことは、通訳のキャリアパスとしては自然な流れでした。

フリーランスにとって、通訳技術を常に磨いておくことは言うまでもありませんが、この姿勢も実はとても重要なのです。同じ会社の社員ではないからといって、通訳は中立ではありません。雇ってくれた(お金を支払って下さる)方の有利になるような場の展開を、通訳をしながら常に意識しておくことが求められます。お客様と一緒に出張に出向けば、その会社の社員のように先方からは扱われますから、一員としてふさわしい言動をとる事は、当たり前の事なのです。けして「フリーランスですから誰の指図も受けません!」ではすまないのです。

話を戻すと…充実した派遣時代だからといって「全て上手く行った」と言うわけではありませんでした。むしろ壁にぶつかることの連続でした。勤め始めた当初は社内用語や、部署名、役職、人、様々な作業、事務手続き、処理工程などなど、どれをとっても知識が無いため、そもそも日本語が全く理解出来ませんでした。

大きな会社ですし、担当したプロジェクトは全世界の市場をで売り出される会社の屋台骨ともいえるものでしたから、世界中の拠点メンバーの「それぞれの英語」を相手にする必要があり、アクセントの強いイギリス英語、ドイツ語、スウェーデン語訛りの英語、そして極めつけはタイ語訛りの英語と、次から次へと悩まされ続けました。

そういった、専門知識の習得や訛りへの対処も含め、通訳技術を上げることも急務でした。何とかして技術を盗んでやろうと、ペアで入る先輩通訳の訳出には全力で耳を傾けましたし、お願いして勉強会を開催して指導してもらった時期もあります。

プロジェクトのメンバーと苦労しながら商品を作り上げていることを実感出来る連帯感は、私にとっては何者にも代え難い元気の元になる大切な感覚でした。ですから、正直をいうとその頃の私には特にフリーランス転向しようという気持ちはあまりなく、さらに専門知識も極めて、通訳技術も磨いて、ずっと社員さん達と一緒に仕事がしたいと本気で思っていました。

ところが、病気をしたことで自分が「派遣社員である」という現実を、痛いほど思い知らされます。派遣社員が病気で仕事を長期で休めば、仕事に穴が空くことから、代わりの通訳が採用される可能性もありますし、場合によっては継続雇用はしてもらえません。仕事を辞めざるを得ないのです。

昨日のセミナーでは「社外の世界も見てみたい。」と思った事を理由に上げましたが、後から考えるとこれはほんの小さな好奇心です。もともといろんなオモシロイ事見てみたい性格ですから(笑)ですが、それだけが動機でフリーになった訳ではありませんでした。

今まで身につけた社内通訳として求められた社内用語、専門技術、部署名、手続きの仕方等の知識、そして会議中に働く勘所や培った人脈は、仕事を辞めてしまったら、全く必要のない、或いは役に立たない知識になってしまいます。(もちろん全てが無駄になるわけではありませんが…)

もし私が直契約の社員通訳だったら、むしろそうした知識を持って積極的に情報のメンテナンスをしながら通訳業務を遂行することは、社内通訳としてのバリューを高める大きな要素だったでしょう。でも、私は派遣社員でしかありませんでした。

東京で仕事するようになって多くの通訳さんと話をするうちに分かったのですが、日本の大企業で数多くの通訳を必要とする企業でも、通訳を直契約の社員として雇っているところはごく僅か。また、直契約であっても契約年数が設定されている事が通例で、定年まで社員として扱ってくれる会社は極めて稀のようです。

派遣社員を長く続けることには「いつか突然無駄になるかも知れない知識を学び続けるリスク」を負い続けなければならないという事が、通訳のキャリアパスを本気で考えれば自然と見えて来てしまうのです。だから、多くの通訳者は派遣通訳を”卒業”してフリーランスになるのです。

企業で連帯感を味わいながら働くことの醍醐味を知っているため、そういった働き方にも懐かしさはあります。しかし、立ち止まっているわけにはいきませんし、これからお仕事をさせていただくことになるお客様との出会いを楽しみにしたいと思います。