2011年6月26日

6. 仕事の準備(スピーチ編)

昨日Twitterで「スピーチの通訳準備はどうやってる?」と聞かれたことから、私なりの準備方法をシェアしました。でもよく考えてみると、通訳学校では題材によってどう準備するか?は殆ど教えてくれませんでした。

ほぼ毎回、次回の課題テープか原稿を渡され「準備してきて下さい。」とだけ言われていた記憶があります。「準備の仕方は自分で考えなさい。それも勉強です。」という事も有るのでしょう。通訳学校が長かった私は、題材によって勉強の仕方、効率の上げ方はそれぞれ違っていると考える様になりました。

今回はスピーチ編です。Twitterで私のやり方をシェアしたところ、関西でフリーランス(英語)通訳をされている @chizuko_h (Hanaoka Chizuko)さんからも「これでいいのかな?って思いながらやってたから、美佳子さんの話をきいて安心しました。」とコメントを頂いたので、準備内容としては複数通訳(笑?)の実績があるため信頼してもらってよいと思います。

また、他の人はどうしてるんだろう?と関東のフリーランス(中国語)通訳 @Kana_Hashimoto (橋本 佳奈)さんが疑問を投げて下さったことで、このまとめが出来ました。私も聞かれてみて、改めて「そういえば私はこう意識してやってるなぁー」と気付いたこともあり、そういった内容や、彼女の視点も含めています。

おそらくプロ通訳者はみんなそれぞれの方法で準備していると思います。ですからこれはあくまで私達が考えるやり方であって、王道でも何でもありません。他にこんなやり方があるよ!と言う方がおられたら、ぜひシェアしていただけると有りがたいです。

橋本佳奈(@Kana_Hashimoto)さん、Hanaoka Chizuko( @chizuko_h) さん、ありがとうございました!


1.スピーカーの経歴確認

スピーカーの経歴を確認するのは基本中の基本です。学歴もさることながら、過去のスピーカーの著書名や内容がスピーチのなかで取り上げられる例は少なくありません。スピーカーがスピーチの主題について持っているコンセプトを理解しておくと、スピーチ内容に対する理解度もアップします。

2.スピーチ通訳原稿の準備

- A4を左右2ブロックに分け、左にオリジナル原稿、右に通訳原稿を記述
(*)

通訳学校時代は、ノートに上から「オリジナル原稿-通訳原稿/オリジナル原稿-通訳原稿/オリジナル原稿-通訳原稿/…」で準備してのぞんでいました。当時、予習、復習は全て一冊のノートでやっていましたが、スピーチ原稿についてはブース内に持って入るときにページが多すぎて焦って混乱して「どこがどのページ!?」状態になってしまいました。それ以降、スピーチ、プレゼンの予習の時にはA4別用紙に準備し、全てに1/5,2/5…と通し番号をうつようにしています。

交互に訳語を挿入する方法だと「今、スピーカーが読んでいる場所」をオリジナル原稿で確認するために視線を上下させる必要があります。左右に分けることで、原稿を目で追う時に視線を上下させる必要が有りません。スピーチでは、スピーカーはかなりな確立でオリジナル原稿から脱線します。その時に、瞬時にどこで脱線したのか?がわかるのは大切なことです。さらに、脱線したときにどこにオリジナル原稿のどこに着地したかを瞬時に見極めるコトも大切です。

- オリジナル原稿は元データがあっても一からタイピング(コピペしない)
     注:英→日の場合


私は、オリジナル原稿に元データがあっても一からタイピングするようにしています。これは私だけかも知れませんが「読んで分った気になる」ような事を避けるためです。精読と言う言葉がありますが、私はこれが通訳学校当時、極端に苦手でした。そのため、精読の宿題が出たときには、文章をもう一度ノートに書き写しながら文法構造や概念を確認していました。その時の癖で、こういうことをはじめました。

基本的にスピーチ原稿(話し言葉)ですから、読んで分らないようであれば正直話になりません。ですが、一度タイピングすることで内容がよりしっかり自分のなかに定着する気がして、今でも一からタイピングは時間の許す限り行うようにしています。

3.実際に通訳してみて微調整

- 通訳原稿の読上げやすさ(長さ、発音のしやすさ等)


原稿が出来上がったら、まずはオリジナル原稿を自分でスピーチするように読上げて録音します。録音したものを聞きながら、用意した通訳原稿をかぶせて読上げ通訳をしてみます。

こうすることで、言葉のタイミングの合わないところや、通訳の流れの悪いところがハッキリ見えて来ます。訳を付ける段階では、一発目の訳は特に元原稿に忠実になりすぎる傾向があます。そのため、オリジナル原稿に対して、通訳原稿が長すぎて時間的に追いつけないところも。(ただ…ここは必要以上に神経質になることはないでしょう。理由は後述します。)

また、自分が読上げ通訳しやすい言い回しで有ることも必要です。発音がしやすく、詰まらず喋れるということは聴衆へ訴えかける「スピーチ」で有ることを考えれば重要なのです。

- ターゲット言語でのスピーチにふさわしい訳語選択

オリジナル原稿に固執したり、両言語が分るオーディエンスに配慮しようとすると、訳語の選択や、流れ、たとえばワンセンテンス内でも論旨の組み方がターゲット言語としてふさわしくない場合が出てきます。Twitter でも、この点について「より日本語らしい言い回しにしたくても、原語からかけ離れ過ぎと思われるのではと恐れ、結局ぎこちない日本語になったりしませんか?」という質問を受けました。私の回答は「日本語らしい訳を選択します。その方がスピーチとして相応しいから。」でした。

スピーチという素材の性格として、限られた時間のなかでどれだけエッセンスが効率よく伝えられるか?が肝要です。プレゼンと違うのは、より時間が限られており、スピーチ後にはQAセッションが無いことです。「ツカミ」が必要なわけです。で有れば、ターゲット言語に即した表現が求められると考えます。

4. 通訳当日の確認

- スピーカーへの挨拶


可能な限り通訳を担当するスピーカーには挨拶に行くようにします。主催者の意向が有ったり、当日の時間的制約があったりでいつも可能な訳ではないかも知れません。ですが、私は主催者、エージェントには事前に必ず顔合わせ、挨拶をさせて頂く時間を取るようお願いしています。

こうすることで、私は抽象的な「通訳者」の存在から、スピーカーの大事な言葉を代弁する「通訳の宮原」に格上げ(笑?)され、その存在を意識してくれるようになるスピーカーもいます。せまい会場の簡易同通機器や簡易ブース使用通訳であれば、通訳が追いついているかどうか?は様子を見れば分ります。通訳者のペースに注意を払い、目配せしながら進めて下さる神様のようなスピーカーも過去にはいました。それに、挨拶されて気分を害するようなスピーカーはあんまりいないですよね。

- 直前の原稿変更有無確認(脱線対策)

事前に必ず「スピーチ原稿に変更がありますか?」と聞きましょう。それで教えてくれればしめたもの。スピーチまでにしっかり変更分の準備を(ヒーコラ言いながら、笑)すればよいだけです。

ただし、変更を教えてくれるのは神様のようなスピーカーです。大抵は「大丈夫!大丈夫!気楽に訳して下さい。難しい事は一切言いませんから~!」というタイプの方。(「出たな!クビでも締めたろか…」と殺意が湧きます、マジで。)

訳語の時間的調整に神経質になり過ぎなくてもよい、と上述しているのは「スピーカーは原稿から脱線する」習性があるからです。どんなに訳語の長さを練っていっても、脱線されたのでは元の木阿弥。しかし、聴衆の心を捕まえるには、会場の様子を見ながら趣旨に沿った形での即興は非常に効果的です。つまり、逆を言えば、脱線できないスピーカーは原稿を読上げるだけの印象に残らないスピーカーとも言えるわけです。

通訳の立場からすると、ここが一番辛いところでもありますが、腕の見せ所と捉えて踏ん張るしかありません。そして、これまでに述べた準備作業は、脱線したときにこそ威力を発揮します。

例えば、事前にスピーカーとスモールトークをしておくことでスピーカーの話し方のスタイルがわかるので多少の安心を得られますが、それ以上に、スピーチ中にスピードが上がったりトーンが変わったりすることをいち早く察知して脱線したことに気付きます。この時(すでに述べていますが)、オリジナル原稿のセンテンスがある程度頭に入っていれば、さらに脱線にはやく気付けますし、脱線後にオリジナル原稿に再度戻ってきたときも、どこに着地したのか慌てることなく見極めることが出来ます。

また、スピーカーの経歴や著書を調べていることがこういった脱線には思わず立ったりするものです。人によってはのっけから今話題のニュースを取り上げ、スピーチの主題につなげる流れにする強者もいます。そういった場合を想定して、時事問題、その日のニュースにも広くアンテナを広げておくことはとても有効です。

いずれにしても、脱線したタイミング以降、「いかにスピーディーに脱線後のスピーカーの趣旨が通訳者の頭の中でクリックするか?」が、脱線後のパフォーマンスの鍵を握ると考えます。

以上

次はプレゼン編を考えています。

* 左右2ブロックに分ける(視線を上下させない。)

橋本さんは法廷通訳を数多くこなされていますが、このやり方で論告は乗り切っていると仰っていました。検察、弁護士の論告、弁論の読み上げは殺人的なスピードなため、視線を上下させなくてすむこのやり方が非常に有効だと、私も身を以て感じています。

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