2012年7月25日

「船を編む」 三浦しをん 著

辞書編纂に真摯に取組む正直な人たちの物語です。主人公は言葉にことのほか思い入れがあり、言葉の定義を考えはじめると止まらなくなるその人、その名も馬締(まじめ)さん。その彼がある日、玄武書房の辞書編集部に配属されることになり、辞書に思い入れのある人達とその人達を支える人たちが、様々な苦労をそれぞれ個人的に乗り越えながら辞書「大渡海」を世に出すまでの物語です。あまり詳しく書くとネタバレになるのでここまで(笑)

主人公の馬締さんは見るからに朴念仁にもかかわらず、言葉への思い入れは人並みをはるかに飛び抜けたものが有ります。彼は結論から言うと勝ち組になるわけです。何か1つでいいから熱中できるものを持ちなさい、何か1つでいいから人より秀でたものを持ちなさい…とはどこの親でもいいそうな台詞です。そうすることで、他の人との差別化がはかれるため貴重な存在と認められるようになる…、至極分かりやすいロジックです。

ですが「熱中できるもの」を持とうと思って持てるものでしょうか?「人より秀でたもの」を持とうと思って持てるものでしょうか?少なくとも熱中する前に「よし、これに熱中してやろう!」とは思わないでしょうし「これで人より秀でてやろう!」と思えば、あまりに苦しく長い戦いになってしまう、そんな気がして仕方がありません。私のように並み程度の意志力の人には長続きしそうにありません。


「長くコツコツやったヤツが勝ち!」というのはよく言われることです。ですが、長くコツコツとやるために必要な事は一体何だろう?と考え込んでしまいました。それは単なる意志の力、単なる負けず嫌い、だけで実現できるものでしょうか?もちろん長い道のりの中では意志力や競争心を自ら煽って前進の力に変えて行く、そういう時期は必要でしょう。でも、それを永遠に続けていくことは苦しくて息が詰まりそうな…そんな感覚があります。

私は「意志が弱い?」「負けても平気なのか?」…と考えると心が折れそうになります。

この本の登場人物は長年にわたる多くの困難に、けっして我慢して取組んでるわけではありません。苦しい事はもちろん有りますが、自分に見えるものや人、自分の気持ちに正直でいることが、辞書編纂という大仕事に彼らを駆り立てずにはいない…私にはそう読み取れました。

私は馬締よりも、実はコンプレックスにさいなまれながらそれでも周囲の人をまっすぐな目で見つめ、自分の気持ちから目をそらさなかった西岡をむしろ応援したい気持ちになりました。主人公であるとにかく一筋で”まじめ”な馬締の成功は物語の最初から既に見えています。そのため、チャラい西岡が何をどう考えているのかを読み進めることの方に、むしろ夢中になりました。チャラい西岡が正直に自分の気持ちを見据える中からある種の「覚悟」を決めていく様子は、見ていてとても安定感があるし、彼という人間を信頼しようという気持ちにさせられます。

私は特に何かの才能に恵まれたわけでもありません。ですから何かを単に努力や負けん気だけで達成することはとても難しい事のように思います。

話しが逸れるかも知れませんが、イチローのヤンキース移籍会見で見せた彼の涙が「移籍そのものの悔しさ」から来ていると見るのは間違いなような気がします。最近の3割に満たない打率は心配されるところでしたが、彼のプレーを支えていたのは彼が長年残してきた記録ではなく、彼の内にある「野球への覚悟」「ファンへの覚悟」だったと思います。



彼にはマリナーズでファンと共に行くいという「覚悟」があったに違いなく、その覚悟が果たせないことに対してファンへの申し訳無い気持ちと自分自身の悲しみと、その二つが大きく絡み合ったものに実際はっきりと、この記者会見は読み取れはしないでしょうか?

物でも人でも、対象に向ける自分の気持ち、自然に対象を愛することができるという事実に正直でいたいし、西岡のように不器用でも目をそらさずにいたいと思います。そうする中で自分の中に時間をかけてできてきた「覚悟」を見失わないようにしたい。そんな風に思った一冊でした。