2012年7月17日

「言語は文化」

通訳でも翻訳でも訳出中にそのまま訳してもきっと本意が伝わらないだろうな…と思われて「うーん」と頭を抱える表現に出会うことがあります。通訳の場合はもちろん頭を抱えている暇もないのでとにかくその場のベストをアウトプットし、可能であれば後で補ったりすることもあります。翻訳の場合は原文を書いた人がターゲット言語を書くことができたら「きっとこう書いたであろう」という言葉を探す長い悩ましい時間がはじまります。

多くの場合「本意が伝わらないかも…」は、日本語と英語との背後にある文化の違いによるものです。ですが「言語は文化」を明快に説明している文章にこれまで出会ってこなかったような気がします。自分が個人的に出会った言葉や言い回しで前述のように困ってしまい「言語は文化だよね…」と独りごちることはあっても、具体的にどう「言語は文化」なのか?を私自身もうまく説明することは出来ませんでした。


実は、先日地元でのお仕事を発注頂いたお客さまと打合せをしたときに、ひょんな事から以前読んだ「主語を抹殺した男-評伝三上章」の著者である金谷武洋氏の話になりました。このお客さまは金谷氏の著書の書評をご自分のブログにお書きになり、それを金谷氏本人が見つけてとやり取りするようになり、それがご縁で「三上章の生涯とその功績」についての金谷氏の広島で講演を実現させることになったそうです。

調べてみると2009年のことで、その時その講演のことを知っていたら…と、三年も経っていますがとても残念に思いました。実は、このお客さまのお仕事をする数日前に2010年に上梓された金谷氏の本を偶然目にしていたのですが、その時は別の本を買って帰っていました。3年前の講演会の話をお聞きした後で居ても立ってもいられなくなり、お客さまとの打合せの帰り道に早速書店に寄って購入して帰ったのが、この本「日本語は敬語があって主語がない 『地上の視点』の日本文化論」でした。

 

日本語は「地上の視点」を持つ言語であり、常に聞き手と共有する「対話の場」を大切するという姿勢が文化として培われてきたこと、そしてこの「地上の視点」をベースに見ることで、英語には区別無く「give」で表わされる「あげる」「くれる」が敬語であったことを読者に気付かせ、さらにローマ字で語源を解析しながら様々な敬語の妙味を披露しています。

特におもしろかったのは、時代とともに敬語が
「敬意」よりも「気配り・思いやり」に戦前からウェイトをシフトする形で変化してきたことや、日本文化そのものとも言える、俳句・相撲・日本庭園を具体的に取り上げて、日本語という言語がもつ思想がどうそこに織り込まれているのかをとても分りやすく説明した後半部分です。

「英語と違って日本語は主語がないから曖昧で、論理的なコミュニケーションには向かない。」などとしたり顔で言うビジネスマンが少なからずいます。まず彼らは「主語がないから曖昧で…」というロジックが間違っていることに気付いていません。説明は三上文法に任せましょう(笑)それに、「言語」である以上論理展開ができないということはあり得ません。例えばコンピューターの操作・プログラミングは論理展開の集積のような物ですが、コーディングに使用するツールを「プログラミング言語」と呼ぶことを考えればどうでしょう?言語とはそういうものなのです。


こういった不届きなことを言うビジネスマン達…脳内で母語である日本語を駆使して論理展開することで、その「対話の場」を重視する姿勢から「相手を惹きつけることができる!」と思い至れないものでしょうか?もちろん、本人が英語をしゃべらない方である場合は「通訳の腕の見せどころ!」となるわけですが(笑)

私自身三上文法について知るようになったのは、恥ずかしながらここ五年程のことです。しかも「象は鼻が長い」は読みはじめてから何度も挫折しそうになりました。学校文法でさんざん習ってきた主語、その「『主語』がない日本語」というアプローチはとても新鮮で、なるほど!と膝を叩くこともあるのですが、文法を丹念に読み解くというのは本当に根気と集中力が要るわけで…いや、お恥ずかしい。

そういえば、以前私自身が書いた「ら抜き言葉と方言」での「ら抜き言葉」の解釈についても解説されていました。
ローマ字表記を用いて、語幹の語尾が母音の時にはRを付けることで可能動詞を接続し、発音しやすくしたものであるとしています。つまり、そもそも「ら抜き言葉」ではなく「R付き言葉」であるとして明快に説明されていました。(74ページ~)

このように、著者自身があとがきで「読みやすさをこころがけた」と書いているとおり、説明が大変丁寧で分りやすく、しかも身近な具体例が盛りだくさんです。おかげで、本書全体を通じて日本語がとても豊かな言語であると改めて思いましたし、自分が日本語を母語に持つことが何とも誇らしい気分になりました。

 
私も氏の著書は「主語を抹殺した男」しか読んでいませんでしたが、他の著書も続いて読んでみたいと思っています。まずは、こちらの「日本語は敬語があって主語がない 『地上の視点』の日本文化論」、お薦めです。

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