2012年2月18日

逐次通訳の醍醐味 その1

珍しくここ二週間ほど、逐次通訳の案件が続いています。最近はお客様の時間・コストの都合上、機器をつかった同時通訳やウィスパリングを求められることが圧倒的に多いのが現状です。そのため、この二週間をとても新鮮な感覚で過ごしました。

一般に通訳を使い慣れたお客様でさえ「同時通訳の方が逐次通訳よりも難しい。」と思われていることが多いようです。でも、実際には違います。どちらももちろん難しいですが、私自身は完成度を上げようと思えば、逐次通訳の方が難しいと感じています。

1.同時通訳が難しいと思われやすい理由
同時通訳は、文字通りスピーカーの発話にかぶせるように数秒遅れながら通訳をしていきます。同時通訳では「聞く事」「通訳すること」をマルチタスク。逐次通訳はスピーカーが喋り終わってから(聞き終わってから)通訳し始めればよいためシングルタスク。おそらくそんな風に考えてしまうため、マルチタスクの方がより難易度が高い、と考えられがちなのは無理のないことなのかも知れません。

でも、実はこのマルチタスク、シングルタスクの考え方が根本的に違っているのです。


2.メモリ使用方法の違い
同時通訳が逐次通訳と一番大きく違うところは、リテンション(記憶保持)の時間が短くて済むことです。同時通訳では聞こえてきた言葉をすぐに発話してしまえば、固有名詞や自分の聞き慣れない概念のロジックを長時間覚えておく必要が有りません。そのため、専門的・技術的で専門用語を連発されるような会議では、圧倒的に同通の方が楽なのです。

イメージで言うと、PC操作であるデーターをキャッシュに保存するようなものです。キャッシュに保存されたデータは出力に際してCPUの処理を必要としません。つまり、聞いた内容を一時的に保持し、出力段階で基本的な言語変換作業を経て通訳完了となります。(あくまでもイメージです。)

さまざまな分野で仕事をしてきましたが、普段からよく担当する分野や得意分野については、そのキャッシュに既知の用語や概念が蓄積されており、メインCPUの大がかりな処理を経なくても、比較的軽い負荷での出力が可能になります。これは同時通訳・逐次通訳どちらにも言えることです。

一方、自分の慣れない分野・知識の蓄積の浅い分野では、そうした蓄積がキャッシュにないため、聞こえたことを片っ端からキャッシュへ入力していく必要が有ります。しかもこのキャッシュ、揮発性が高いためにすぐに出力してしまわないと、あとからあとから入ってくる情報があるためFirst-in First-outの原則で古い情報からどんどん消えてしまう…、というやっかいなものなのです。

もちろん、消えてしまう情報を補うためにメモ取りを行うわけですが…それについてはまた別の機会に整理してみたいと思います。(同通でもメモ取りはしますが、逐次のそれとはまるで違います。)

つまり、自分になじみのない分野では特に、スピーカーが喋り終わるまで待ってそれまでの情報をリテンションすることが求められる逐次通訳より、同時通訳の方が都合がよい、ということになります。


3.ロジック構築のプロセス
逐次通訳と同時通訳の2つ目の違いとして注目したいのは、論理構成にかける配慮の分量の違いです。これは意識的に配慮する分量を逐次と同時で分けていると言うことではありません。

同時通訳の場合は時間との闘いですから物理的に時間をかけられません。また、スピーカーの発話内容の論理構成を読み解くには、まだされていないスピーカーの発話を先読みするための情報が限られています(訳出時点までの情報しかない。)そのため、ある程度スピーカーの論理展開の順序や表現に比較的忠実に訳出していくことになります。

一方、逐次の場合にはスピーカーの話したひとかたまりの内容を、スピーカー自身が展開した論理展開が”より”明確になる形で再現することが可能です。なぜなら、スピーカーが一通り喋った内容を聞いているわけですから、同時通訳の時とは違ってどこに向かっているのか?は、少なくともそこまでの流れとして完結した理解になっているからです。

逐次通訳の場合でも通訳者はスピーカーの発話を聞きながら、やがてくるアウトプットに備えて常に論理の再構築をCPU総動員で進めなければなりません。もちろん、上記で触れたように未知の言葉が出てきた場合には、それが固有名詞なのか?とか、言葉の背後にある概念を解析した上で、再構築しようとする論理構成のどのパズルにはまっていくのか?という計算処理を絶えずものすごい勢いでしているわけです。

おまけに、スピーカーの発話が終わればアウトプットの準備がすべて完了しているわけではありません。言語的な変換作業はむしろデリバリーしながら行っているというイメージです。平たく言えば「訳語の選択」はデリバリーしながら行うことになると言うことです。


ただし、なじみのある分野であり(キャッシュの情報量が多く)論理再構築にかける時間が少なくなれば、スピーカー発話の最中に気の利いた表現を思いつくことも可能です。しかし通常はやはり、構築した論理展開をもとに(ターゲット言語での発話能力が高いことが前提ですが)逐次通訳のよどみないアウトプットが可能になるのです。

これはもしかすると、矛盾して聞こえるかも知れません。でも、考えて見て下さい。事前に原稿作成しておいても論理構成を把握していなければ、それを暗記でもしない限りアウトプットは不可能です。論理構成は字面を組み立てる作業ではありません。逐次通訳で字面(いわゆる読み原稿)を作る事が万が一可能だったとしても、それをアウトプットするまでに保持しておくための記憶領域は既にどこにも残されていないのです。