2011年6月20日

「オシムの伝言」 千田善 著

いつだったか、著者の千田さんのサイトを拝見して「いつか読んでみたい。」と思った本でした。ただ、私自身特にサッカーが大好きというわけでもなく、なかなか手が伸びなかったのですが、出張先で立ち寄った本屋で偶然発見し、なぜか(笑?)ここであったが百年目の勢いで即買いしました。

いざ読んでみるとサッカーファンで無くとも引き込まれる内容でした。それはオシムさんの人柄でもあり、千田さんの人柄でもあるように思います。

そして、全編通して私が強く感じたことは、人間にとっての言語・言葉の重要さです。これは、後半部分でハッキリとサッカーとの関係で、千田さんとオシムさんの口からも語られています。

まず、オシムさんの人柄について。人には生まれ持った性質というものが絶対あると思っています。よく、才能を否定する人がいますが、才能のある人というのは私は居ると信じています。でも、自分の才能を発見して、それを伸ばす努力をすることができる人がどれだけ世の中にいるでしょうか?

オシムさんは学業でも大変優秀な成績を修めておられ、将来を学問の道で期待されながらも、サッカーの道を選びます。もちろんサッカーの才能もピカイチ。
オシムさんの経歴は、この本で読んだ範囲でしか知りませんが、それでも、ごく若い時期に偉業を達成しておられることを知れば、明らかに彼には天才肌だと思われます。もとは数学の好きな青年だったオシムさんは、監督時代も移動時間はもっぱら数独を解いていたとか。

記者会見では、オシムさん流のエスプリが日本人には理解されず、記者と険悪な雰囲気になることもあったとそうです。そばでずっと見ておられた千田さんはきっとヒヤヒヤものだったでしょう。しかし、オシムさんの人柄、実はものすごく頭がいい、天才であるだけでなく、人知れず努力を怠らない様子を千田さんはずっと見ておられたわけです。私には、千田さんが書かれた文章は、まるでオシムさんに恋でもしてる…そんな感じに思えてなりませんでした。

ある人をずっと通訳していると、その人の心が見えるような気がしてくることがあります。なぜなら、通訳はその人の言葉を話すからです。次に何を言い出すのか常に考えています。長いつきあいになると、次はこんなことを言う…というのも分かることはよくあるのです。一方、案外予想外のことを喋られても「そうくるか…」と納得してし心の中で独りごちていたりします。

通訳している相手が、オシムさんのように人格的に素晴らしい相手だったら?

通訳は自分の口から出てくる言葉を通してスピーカーの心中をもう一度確認することになります。嬉しいことはいいけれど、その人の悲しみや苦悩、そういったことを通訳しながら通訳者も疑似体験することになるわけです。

千田さん、通訳中に泣いたこともあるそうですが、実は心の中で何度怒ったり泣いたり笑ったりされていたんでしょうか。でも、オシムさんの悲しみや、怒り、闘志、勇敢さをそうやって疑似体験することができたと言うことは、つまり千田さんがそれだけ通訳として素晴らしい技能を持っていたということ、さらにオシムさんに共感できるほどの努力をなさっていたということでしょう。

人が言葉を話す、というのは単に音を発することが出来るのとは意味が違います。だからこそ、通訳が言葉を発するときには、スピーカーが背後にどんなストーリーやロジックを持って語っているのか?を理解することが重要なのです。

もちろん、当人が通訳を介さず相手の言語を喋ることが出来れば、それに超したことはありません。本書のなかで千田さんは以下のようにハッキリと言及されています。


ひょっとしたら「語学力」が一つの障害になっているのかもしれない。 … 中略 … なんらか制度、指導者養成のシステムとして、一部の官庁や企業が有望な若手を海外のビジネススクールで学ばせているような枠組みを、サッカー界にも導入できないものか。たとえば、オシムさんが言うように、報酬など求めず、逆に「授業料」を払ってもよい。若手コーチに「奨学金」を出し、語学研修と並行して、アーセナルとかバルセロナ、アヤックスなどの練習場や、ロッカールーム、できればベンチにもアシスタントコーチとしてもぐりこむ。


これは、コーチ育成を考えたときに”自分のアイデアを自分の言葉で伝えることの重要さ”を説いた下りです。こんなオシムさんや千田さんの考えを知ってか知らずか、最近はサッカー界でも「ことば」が出来る事が重要視されてきているようです。


YOMIURI ONLINE / June 13
英・伊語話すGK川島ら、選手の語学習得支援

Yahoo News / June 15
日本代表 監督と伊語で喋れる長友がこれからの中心かと焦る


以前、ザッケローニ監督の通訳・矢野さんについての記事を書きました。矢野さんはその甘いマスクもあり、現在かなりの人気のようですね。「喜びすぎだろ?」とのTwitterの書き込みを見ることもありますが、それも若い彼にはご愛敬かも知れません。選手が言葉の壁をどんどん克服する日も近いのかも知れませんが、矢野さんには「通訳」としてのプライドをもってしっかりザッケローニ監督をサポートしてあげて欲しいと思います。

なんだかサッカーに少し興味が湧いてきました。