2011年3月24日

Seeing is Believing

普段からよくお世話になるお客様と一緒に、シンガポールに出張しています。広島にいると分からなかったことが、成田への移動中、またシンガポールに来てからもいろいろ見えてきました。

【関東での交通網の混乱】
19日中には広島から東京に移動する予定でしたが、地震前に押さえていた新幹線の出発時刻は午後2時午後6時頃東京着。
取っていたホテルは大崎駅側だったので11:30a.m.の便に間に合うように成田行くのはかなり時間的に危険、とエージェントから指摘。必ずその日のうちに成田に着けるように朝早めに出て欲しいとの指示がありました。
仕方が無いので、午前10時前の便に乗り、ホテルも成田空港近くを取り直すことになりました。幸いなことに私が東京に到着してから後はそれほど交通網の混乱があるようには見受けられませんでした。休日だから…ということも有ったのかもしれません。おかげでJRでゆるゆる成田駅そばのホテルまでたどり着くことが出来ました。

【メディアの捉え方は様々】
JRで成田駅に向かう途中に、二人の外国人が大きなバッグパックを背負って乗ってきました。私の隣に一人は座ったのですが…ものすごい臭いなんです。単なる体臭というのではない、強烈な臭い。明らかにお風呂に数日入ってないという感じでした。


(広島の人には分かるかも知れないですが太郎さんの前を通るときに漂う強烈な臭いを想像して下さい。)

その段階でピント来ました。メディアの人間だと。座るとすぐにラップトップのMacを広げて次々と被災地で撮ったと思われる写真をチェックしています。座る席の無かった一人は正面に立って見ていたのですが、私の反対隣の席が空いたので私が席をずれて「どうぞ」と先に座った彼の横の席を譲りました。彼も臭い…。

その時に「どこかに行くの?」と話しかけられ(大きなスーツケースを持っていたので)会話が始まりました。案の定、アメリカのメディアに現場取材の写真や記事を提供する会社を運営しているとのこと。ベトナムの戦後の様子や、去年のハイチ地震の取材にも行ったそうです。

広島から来たというと「広島にはまだ草木が無い地域があったり、奇形が生まれたりするのか?」と驚くような質問。全力でナイナイ!と否定しておきました。また、「ハイチと比べてどう?」と聞くと意外にも「ハイチの方がひどい。残された遺体の腐乱する悪臭には耐えかねるものがある。」とのこと。この度の日本の地震津波では、人々は流されてしまっていて、彼らが取材した仙台沿岸部では遺体は全く目にしなかったそうです。

メディアが何かを伝えるときには、必ず取材した当事者の視点というものがあり、それは平均的な日本国民のものではないのだ…とあらためて感じました。

現場に入っていたため、インターネットへの接続はなく情報をシャットダウンされた状況だったそうです。つまり、最新の情報にもリーチしてない訳です。


まだまだ、町の人口の半分以上数千人が見つからないケースがあることや、海岸沿いに数百体の遺体が一度に流れ着いているような現状を説明しました。さらには原発の緊迫した状況についても何も知らない様子でしたが、敢えてそこには触れませんでした。

遺体が視界に入らないから、あるいは情報にタイムリーにリーチ出来なかったからという理由で、この震災の甚大さが実際とは異なるスケール感で伝えられることがないことを祈らずにはいられません。

別れ際に名刺をくれました。venatoremedia.com のお二人でした。

【被災された方のご苦労】
それにしても彼らの臭さ…。通常なら「くさっ!」と鼻をつまんで笑い話になるところですが、被災されて避難されている方々も同じ状況です。それを思うと心が痛みました。お風呂に入れないということの現実はこうなのだと。

【計画停電】
ホテルに着いてからも自分が知らなかった現実に幾つか気付かされました。フロントチェックイン時にホテルの方に20日の計画停電が朝6:30からと知らされました。予定通り計画停電が行われれば、エレベータは動きません。するとスーツケースを部屋から下ろすことが出来なくなるので、停電が始まるまでに下ろしておかなくてはなりません。幸い東京電力が計画停電の中止を前日中に発表してくれましたから実際の影響はありませんでした。

あるかどうか分からない計画停電に関東地方の方々は備えなければならない、その困難は日々の生活ではより深刻だと想像されます。だからといって計画停電を受け入れない選択肢はありません。そうしたジレンマは関東の方は多少なりとも感じておられるでしょう。にもかかわらず、あらゆるところで節電への協力が行われていました。

【余震、地震酔い】
一人でホテルの部屋にいるときに、NHKを見ていましたが緊急地震速報が流れました。その直後に強い揺れ…。余震の中でもかなり強い方だったと思われますが、それでも震度3ほど。「いつまで揺れるの!」と思うほど長時間揺れるのです。そのうち気持ち悪くなってしまいました。テレビを見ていると、すでに揺れは止まっているように報道されています。

ですが、私は平衡感覚が弱いのか、どうも地震酔い(?)になってしまったのです。一人でいたことの心細さも手伝って、吐き気が落ち着いてとにかく人の居るところに出たいと思い、散歩でもしようと思い直しました。関東の友人が心配して電話をくれたのはその時です。本当にありがたかった。関東で一人暮らしをされている方は多いはず。どんなにみなさん心細い思いをしているんでしょう?

 

広島を離れて成田を発つまでの間にも、自分にとって初めての体験が、こんなにも沢山有りました。体験しなければ分からない事、実感できないことが多くあるのだと思わざるを得ません。

ある程度被災した地域が復興したら、いえ、復興する前であっても、チャンスを見つけて絶対に現地に訪れようと思います。