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2015年9月5日

コミュニティー通訳を通じて私が考えること

通訳業界が一般にお客さまとするのは企業であれ官公庁であれ、高額な通訳料を費やしてでも事業を成功させようと考えている方々がほとんどです。彼らの社会的地位は一般に高く、そこで通訳者に見えてくる技術や経済の動きのダイナミックさは圧倒的で、時に通訳の自分が時代の最前線を走っているような錯覚さえ起こします。「通訳席から世界が見える」で新崎隆子先生が描いた世界はまさにそんな情景ではなかったでしょうか。地に足を付けた自分がありつつ、さらに目の前に広がる広大な社会…。でも、それすら世界の一部に過ぎないということを、私自身が身を持って知るのはいわゆるコミュニティー通訳という仕事を通じてです。

社内通訳職を離れてすぐ、時間のある時にかねてから興味のあった「コミュニティー通訳」に次々と登録をしました。地方裁判所の法廷通訳登録に始まり、入国管理局、警察、弁護士会、そしてその後は口コミで税関にも人脈を得ています。コミュニティー通訳に最も一般的と言われる医療通訳だけは、公的機関に関連したシステムが確立されている例を広島に見つけられていません。弊社のサイトを通じて依頼を受けることはありましたがお仕事に至った案件はありません。

フリーランスになってから、お引き受けする案件数はビジネスの案件数に比べると本当に少ないのですが、これまで予定が詰まっていなければ、必ずお受けしてきました。今年に入ってからも上半期だけで数件お引き受けしており、フリーランス開始当初と比べても問合せの案件数は確実に増えています。ただし、全体的に案件数が増えたのか、私の名前が関係者の間で認知されるようになったのかは定かではありません。

実は、先に上げた、医療通訳以外のコミュニティー通訳についてはレートシステムが確立していない、通訳環境への理解が低い…など業界的に問題が多い分野です。分野の中でも法廷、警察、入管、税関それぞれで求められる通訳像は微妙に違っていますので、それを念頭においた上で対応していく必要があります。また、警察、税関通訳では依頼のかかる時間が深夜や早朝で、しかも一旦取り調べが始まると長時間続くのが常です。そうした難しい背景を抱える分野で有りながら、コミュニティー通訳は世界中から訪れる人の人権を確実に守るという義務を果たす上で責任の大きい分野なのです。

レート・環境的に厳しいとなると「ああ、ボランティア精神か?」と思われるかも知れませんが、私の動機はそれとは随分違っています。一方、コミュニティー通訳者の中には「これが自分の使命」と感じてお仕事をされている方が多く、彼らの丁寧な仕事ぶりには本当に頭が下がります。もちろん、私も仕事としてさせて頂く以上、責任を持って取り組んでいます。でも、私がコミュニティー通訳を辞めない理由は、自分がビジネス分野で日頃お目にかかる方々は社会や地球上の「人間の一部」でしか無いことを、コミュニティー通訳を通じて知ることができるからなのです。

扱う案件としては、入管関係のオーバーステイや不法就労、そして、麻薬、覚せい剤等ドラッグがらみの法廷、警察、税関案件が多いです。それ以外では窃盗、詐欺、傷害などもたまにあります。コミュニティー通訳ではそこに関わる「人間の姿」が鮮明に見えてくるのが大きな特徴です。事件に関わる人の国籍はさまざまですが、対象人物のお国事情の中でのその人の来歴、家族、来日の目的等々を知ることになります。多くの人が経済的に恵まれない人です。そして、必ずしもすべてが悪意に満ちた人かというと、むしろ捕まってしまう類の人達というのはもとはごく普通の市民だった人…であるような気がしてなりません。

中国人はウソをつくというのをよく耳にしますが、アフリカの人も平気でウソをつくのを何度も見ました。人種や出身国にかかわらず、泣き落としで情に訴える、困ると神様が話の中に登場するとか…そういうパターンもよく有ります。東南アジアの人は明るく家族思いのお人好しで半分騙されるようにして犯罪に巻き込まれている人が多い印象です。(あくまでの個人の印象です。)でも国籍にかかわらず、不本意ながらであったり、自分が意図しないうちに犯罪に飲み込まれていたという人は少なくないのです。

人種も、性別も、出身国も関係なくそこには紛れもない「人間」の素の姿が見える気がします。日本人とそういう出会い方をすることは稀ですが、けして海外からくる人達だけの人間像では無いはずだ…といつも思わずにいられません。この人達は海外の日本人の姿かもしれません。言い過ぎでしょうか?あるいは、日本人が将来経済難民となっ海外流出しない、と誰が言い切れるでしょう?その時の日本人の姿…かもしれません。

シリア難民の苦境が連日伝えられています。遠い土地で起きている「関係のないこと」ではなく、「同じ人間」が経験している辛い状況がそこにはあります。そんなことを考えながら、つい先日の案件を通して通訳が相手にしているのは「私と同じ人間」であるということを改めて感じました。これは、ビジネスのお客さまではなかなか得られない感覚です。ビジネスでは通訳者としてその場の熱い想いを共有できる場面もありますが、コミュニティー通訳で迫ってくる素の人間像は、それとは一線を画しています。

よい例えかどうか分かりませんが「海外出張であそこの会社は飛行機のビジネスクラスをケチるのよ…」という発言は、過酷な出張先での業務遂行を考えれば当然な場合もあるでしょう。業界のレベル(?)に合わせて権利主張することはけして悪いとは思いませんし、むしろ通訳者ステータスの底上げには大切なことなのかもしれません。それでも、自分自身が一般的に相手にする業界社会が世界の全て…と勘違いしてしまうことの愚かさを自分自身に戒めたいし、私は他の人と何一つ変わらない「人間である」ということを、コミュニティー通訳の仕事を通じていつもひしひしと感じています。