2015年7月10日

「警察通訳人」清水真 著


比較的薄い本で内容的にも特に難しさは無く平易な文章で書かれており、興味をもった人に率先して警察通訳人になってほしいという思いを込めて書かれた、という印象の本でした。

率直な感想として、通訳という職業への理解がこの著者は薄いという気がしました。一般の人にとっての理解もそれほど高くないとは思いますが、ほぼそれと同等レベルのご理解であるという気がします。「警察『通訳人』 」を名乗られる方がそのレベルの理解、あるいは敢えて正しい職業理解を提示せず、ある意味司法通訳の中でも専門の一つといえる分野について著書を上梓されることに、どういう意味やメッセージを込められたのか、甚だ疑問です。正直、通訳者の一人として面白くない…と感じています。

なぜか?…
もちろん警察通訳人に特有な要件は有ることは容易に想像つきますし、専門分野として啓蒙してもらうことには大いに意味があると思います。ですが、のっけから「 実在する『困った(警察)通訳人』 とは」として、警察通訳人でなくともそもそも通訳者のご法度を挙げてしまう事で、通訳者一般への認識を著しく損ねる結果になりはしないかが危惧されるからです。
『困った通訳人』
1.知ったかぶりをする
2.質問してないことを先走りして通訳している。
3.おなじ質問をすると「さっき聞いた」と通訳しない。
4.短い質問なのに、通訳が長すぎる。(その逆もあり)
社内通訳や特殊な通訳の場面では、通訳者にある程度の「権限」が与えられ会話の交通整理をしたり調整役を期待される事は有りますが、それ以外であれば上記はどれも通訳としてはやっては行けないことです。

さらに
1.刑事手続きの流れを理解する
2.高度な語学力を身につける
3.誠実に通訳する
の三点が「裁判員裁判や取り調べの可視化に対応するために」「不可欠」だと述べられています。が、この前提如何を問わず、2と3は通訳者として当然であり、1は通訳者が通訳対象トピックをできるだけ理解した上で現場で臨むべき職業だと定義すれば、やはり警察通訳人として当然のことでしょう。

極めつけは、十年前に来日した方の発言を以下のように引用している部分です。(数名のインタビューを紹介されていますが、どなたも10年〜20年前に来日された専門家あるいは関係者の方ばかり。かなり古いインタビューのようです。)
でも私は、優秀な通訳人というのは「話す力」がどれだけ有るかであると考えます。人によっては「聞く能力」だという人もおられるでしょう。確かに聞き取りができないと話になりませんが
この著書を警察通訳人入門書として位置づけるならば、通訳者全体に求められる基礎力や基礎的倫理観を正しく説明した上で、警察通訳人に求められる特性にフォーカスした内容であって欲しかった、と思います。

刑事手続きの流れや、法律用語解説、実践例も挙げられてはいますが、この本一冊で必要な語彙や知識を大枠でも一覧することも難しいと感じました。逆に少し専門に踏み込んでしまうかもしれませんが、各国語用に法曹界から出版されている「法廷通訳ハンドブック」の方がより体系的にまとまっていますので、そちらをお勧めしたいと思います。

誤解なきよう明示しておきますが、私自身が警察通訳人として稼働したことはほんの数回しか有りません。ですので、警察職員の身分で通訳人を長くやってきた著者に比べれば私の経験は比べ物にならないほど少ないことは間違い有りません。それを十分に理解した上で、著者には警察通訳人でなければ書けないもっと具体的な視点がいくらでも提示できたのでは?と残念に感じました。