2012年4月1日

広島通訳セミナーを終えて

先日3月24日(土)に、6月開催のIJET23の最後のプレイベント「広島通訳セミナー」が開催されました。申込みの出足は遅かったものの、イベント直前の駆け込み申込みが多く、さらに予想以上に多くの方に交流会へ出席頂き、大変盛況のうちにイベントを終了することができました。ありがとうございます。

これまでの大阪、高松、福岡の翻訳セミナーでは、翻訳業界について考えたり、ワークショップ形式で様々な分野の翻訳を体験してもらったりというタイプとは少し違っていました。一部は広島出身の通訳であるPaulineと私の二人が、それぞれの通訳として働くまでの経緯と言葉に対する思いを語る形ではじまり、二部では『伝えることの大切さ、難しさ、醍醐味』といったことに焦点を当てて簡単なアクティビティを行いました。通訳としてまだ稼働してない方、あるいは初心者へ向けた内容です。

プロ通訳の男女構成比がそうであるように、出席者は圧倒的に女性多数。そんな中で、交流会に出席頂いた方から沢山声をかけていただきましたが、その質問の内容は実は「通訳」という切り口で語れるものでは全くありませんでした。突き詰めると「女性が仕事をしながら生きるということ」にあったと思います。

私自身はとてもワガママで無鉄砲なところがあるため、大学を1ヶ月で止めてしまったり、子連れで留学してしまったり、周囲の人に本当に迷惑をかけながらここまで来ています。そういう自分の経歴を話した時にとなりで聞いていたPaulineにも「それは知らんかった!やっぱり負けず嫌いなんだ。」と驚かれました。でも、自分であまり「負けず嫌い」と思ったことはありません。むしろ精神的には弱っちぃ私です…恥ずかしながら。

そんな私がこのセミナー後に受取ったメッセージは

「仕事を始めて5年目。今の仕事に魅力が感じられず悩んでいます。」
「結婚してこどもが欲しいけれど、仕事との間で揺れています。」
「どうやってお子さんいながらやりくりしてるんですか?」
のようなものでした。


私はバブル後期就職組なので、就職は引く手あまた。仕事はバリバリしようと考えていたものの、就職するときにどんなにしんどくても5年は勤めようという決意がありました。なぜなら仕事を辞めても、すぐに良い仕事に「とらばーゆ」(死語?笑)できると思っていましたから。

学生時代の同級生は将来結婚して専業主婦派、とバリバリキャリアウーマン派に別れており、私は後者でした。前者の友達は「とにかく良い会社に就職してサラリーの高いダンナさんをゲットする。」と公言していました。

男女雇用機会均等法が漸く浸透してきて、総合職と言われる職種が華やかなりし頃です。私としては「時代の先端はキャリアでしょ。」とまさに時代に流されており、ダンナゲット発言はとても恥ずかしくて出来ない…という感じでした。でも、不思議とそう公言した彼女を卑下する気持ちにはなれなかったし、あっけらかんと言い放ってしまえることを何だか羨ましいとさえ感じていました。

その時は何故そう感じるのか、自分でも全く気付いていませんでした。何となくそれが分かり、素直に認められるようになったのはつい最近です。漠然と、女性として生きる将来、に不安を抱えていたんだと思います。

バブル景気でイケイケドンドンを煽られても、自分の可能性や能力でやっていけるという確信がなかった上に、ご多分に漏れず私も人並みに「結婚して、こどもを作って、家庭を持ちたい。」と思っていました。そしてその頃の私は結婚・出産がどういうことを意味するのか全く分かっていませんでした。

どんなに男女雇用機会均等法が浸透しても、男女が社会の中で対等にやっていくのはとても難しいのは、未だに女性の社会進出がこの程度であることを考えれば、既に証明されたと言っていいでしょう。社会的に生きることを考える時、男女の違いは社会システムで解決するにはあまりに大きすぎることが原因だと思います。

意識を変えることで解決出来ることもたくさん有るけれど、それすら一世代で全てを克服することはできません。時代が大きく変わっても、根深く世代間に受け継がれる男性・女性それぞれの思想があるためです。

そして、一番大きな違いはやはり結婚・出産だと思います。こう言うと、未婚独身の方は関係ないのかと言われそうですが、そんなことはありません。前向きにしろ後ろ向きにしろ、結婚・出産を一度も考えない女性はほぼいないでしょう。そして、考える中で自分なりに結婚・出産についてのイメージを作り上げ、そこで形作られるイメージがどういったものであるかは、女性の将来の選択を決定づけるのに非常に重要です。

結婚したらパートナーと協力し合って仕事も家事も「がんばる」。子どもができたらパートナーと協力して「楽しく」子育てする。「がんばる」ことも「楽し」むことも想像すればワクワクするかもしれません。

しかし、実際の生活に入ってしまって気づくのは、毎日同じことの繰返しの家事であり、達成目標を定められるようなものではなく、それを人と協力しながら永遠に進めなければならないということ。「生活すること」無しには生きていけないのだから。協力するためのペースをつかむのも、単にこれは私、あれはアナタ、と分担を決めればそれで解決というものでなく、お互いの時間とスケジュールの中で調和させながら全てを片付けて行くのは至難の業です。

そして、子どもは愛おしい存在に違いないですが同時に他者であるという現実を見れば「面倒な存在」であることは否定できません。しかも、ちっともこちらの思い通りになんてなってくれない存在(笑)。こういうとどういう子育てをしているのか…?と批難を受けるかも知れないけれど。

10年ほど前にジャーナリストとしてアメリカでバリバリ活躍する幼なじみと食事をしたときのこと、私は二人の子どもがちょうど小学校に上がる前後でパート勤務の秘書兼通訳で、彼女は独身でした。彼女は小さい頃から成績優秀、芸術方面でも優れており、私は何をやってもかないませんでした。自宅が近い事もあって、両親からはいつも彼女と比べられて育ち、強い劣等感を彼女に対して抱えていました。それでも幼なじみ。古い思い出を共有する「友達」には違いありません。

そして10数年ぶりの再会の場で「私が結婚したら仕事は絶対にやめない。子どもの世話は乳母を雇い殆ど任せて、必要な時だけ適度に子どもとコミュニケーションしながらしっかりと家庭をやりくりする。仕事する母の背中を見て子どもも立派に育つ」と彼女。まるでかつての自分の言葉を聞いているような気さえしたのですが…。「なんにも分かってない。」と帰りのタクシーで、何が悔しいのかもよく分からず涙が出たのを今でも忘れることができません。

もし、全ての生活や仕事が「朝ご飯当番」「ゴミ捨て係」「読み聞かせ係」「お風呂当番」と割り切り割り振りできるものであればこんな簡単なことはありません。作業量に応じて公正な分担であるかどうかを検討しさえいれば、トラブルもないでしょう。でもこちらも人間、パートナーも人間、そして子どもも人間で有るがゆえにそこにはたくさんの感情、予想できない感情がともないます。

そういったことを家庭の中でこどもを中心に考えざるを得ないのが、母性を持つ「女性」の性だと思います。つまり、結婚(による結果の「生活」)と出産というコントロールできないことを肉体的・精神的に引受けているのが女性だということです。

男性が全く引受けてないとは言いませんが、出産できない性である男性がどこまでの不可避感をもってこういう「面倒」に立ち向かえるのか…女性に比べればそれら負荷への精神的コミットメントの度合いはやはり格段に「低い」でしょう。

そう考えると、社会の仕組みがもちろん女性にとってやさしいものになるのは当然のはず。それなのに、現状はまだ追いつかないどころか、日本は他の先進国に比べても随分遅れています。

少し脱線しそうになりましたが、セミナー後に頂いた質問・コメントに少し戻ってみます。

「どうやってやりくりしていますか?」

私の回答は

「やりくり出来てませーん(笑)」

でした。ごめんなさい。

自分の中で理想とする母親像や家庭像がありつつ、精神的な弱さ、肉体的な限界から、全く思うとおりに出来ていません。出来ないストレスと日々戦っています。

仕事(キャリア)に対する悩みは山積みです。まだまだ勉強も経験も足りないと思います。そんな状態で正直人前で自分の話をすることはとても勇気の要ることでした。話しはじめると、聞いている人たちにもチカラが湧くなら…とつい熱がこもってしまうのですが、話し終えたあとで相当に自己嫌悪したりしています、実は(恥)。

それでも「通訳・翻訳者であること」を続けられてきたのは「ことば(日本語・英語)」「コミュニケーション」をシンプルにおもしろい!と感じられる事が、自分の中に粘り強く存在し続けているからです。また、個人的にこれをやめてしまうと「人間を止めるしかない」的な悲壮なような(笑)、でも多分端から見ると滑稽な感情があります。ポジティブに言うと「続けられている」ネガティブに言うと「止めることができない」のは、私の場合この2つの感情が大きいようです。

ここに書いたことは、既に結婚出産を経験しながらがんばっている女性には当たり前のことかもしれません。あるいは、反論もきっと出てくるでしょうね。ただ、私自身はこう考えているということのご紹介でした。

結婚・出産に漠然としたイメージしか持たず突入してしまった私は、生活の中で常に敗北感と挫折感につきまとわれていた気がします。あまりに事前に抱いていたイメージがいい加減で(マジメに考えてなかった…ということかもしれません。)実際に事に当って、もともと感情の起伏が激しい上にもっと取り乱し、まわりで付き合わされる家族や友人はたまったものではなかった…でしょうね。多分(笑)

ですから若い方に言いたいのは、漠然と夢を抱くだけではなくて(夢は大事!子育てや家庭生活の喜びの瞬間は確実にあるのだから、全てに悲観的になることはありません。)避けられない生活・女性性にとってのコントロール出来ない結婚・出産について、現実的に受けとめて考えて欲しいということ。でも、そこに「アナタを魅了して止まない何か」が有れば、現実を強く受けとめることで、その自分が選択することのできる「何か」に対してより強い信念が生まれるかも知れないということです。(もしかしたらそれは仕事ではないかも知れないけれど。)

私はTwitterをやっているため、自分の個人的な思いやつぶやきはそちらではき出して、コメントをもらったり、慰められたり、喝をいれられたりしています。実はこのブログでは、女性が働く、とか、ワーキングママする、といった話題については敢えて避けて通ってきました。

なぜなら、それぞれに事情は違いますし、書き始めると私自身の弱い部分もさらけ出さなければならないようで怖かったという気持ちもあります。ただ、今回の皆さんから質問を受けたり話しをする中で、女性はみんな悩んでいるんだ…と感じて「(情けない私のことも)少しだけ書いてみようかな。」という気になりました。

でも、多分今後は書かないと思います。
私もまだまだ「悩める年頃」なので(笑)。