2020年6月26日

遠隔時代に考える通訳成果物に対する通訳者著作権

3月に遠隔同時通訳のセミナーを情報共有を目的に同業者とZoom会議で開催してから、早くも三ヶ月経ちました。その間、細々とですが遠隔のお仕事の打診を受けています。

遠隔通訳には、いわゆるハブ型と自宅型がありますが私が経験したのはいずれも自宅型になります。その中で利用機材などの技術的な事以外で、これまでの現場対応通訳業務ではさほど気にする必要のなかった事でも留意するべき事項があることを痛感しています。このサイトと動画にとてもよくまとめて発信されているので、ぜひご覧になってください。この動画のスピーチ内容は以下の通りです。動画だけでなくウェブサイトに文章(英語)でもまとめがあります。




  1. 疲労
  2. 機器操作ストレス
  3. 労働環境
  4. 瑕疵責任範囲
  5. 顧客啓蒙
  6. 報酬
この動画を見たことで仲介エージェントとの間で確認する事項を明確にする事ができたのは、大変ありがたい事でした。しかし、遠隔業務案件についてお客様やエージェントと会話する中で、これ以外にも心配な事が出てきました。それは以下の三点です。
  • 通訳パフォーマンス録音の有無
  • ライブストリーミングの範囲
  • 録音の目的による契約上の区別

通訳成果物の取り扱い
マイクや機材、さらにインターネットを通じて自分の音声が世界中のどこかに届けられる時、録音の有無がこれまでの現場通訳と比べて通訳者の目には見えにくくなります。さらに、インターネットで届けることそのものが「ライブストリーミング」と捉える事ができます。そうなると公開範囲については通訳者として事前に確認しておきたいところです。

以前は「議事録を書きたいので…」と言う理由があれば目の前にICレコーダーを置かれても「仕方がないかな…」と思わざるを得ませんでした。しかし、自分が認識しない範囲に録音音声が届けられることはもとより、自分の預かり知らないところで録音が利用されることには抵抗を感じてしまいます。現場パフォーマンスに通訳者の著作権があることもそうですが、それ以上に何となく気が進まないと個人的には感じてしまいます。

こう書くと「プロ通訳のクセにパフォーマンス録られて嫌な気分になるのは違うっしょ?」と言う方もおられるかもしれません。ですが私としては、プロ通訳者だからこそ限られた条件で準備し臨んだ本番通訳の音声が、録音という何度も再生するに耐えるものとして後に世に出回ることの理不尽は避けたいのです。ネット公開の目的で再利用を考えるのであれば、それは動画に字幕やボイスオーバーをつけるという全く違う分野のお仕事になることを、お客様にはご理解いただく必要があります。

もちろん、中には企業の株主総会通訳のように、後日公開を想定した上で同時通訳現場の音声を録音しネット公開する場合もあります。しかし、この場合には早めの資料共有はもとより、入念な打ち合わせやリハーサルがおこなわれる事が当然望ましい訳ですし、二次使用料については当然支払われるべきものでしょう。(実際にどの程度の準備ができるかは現場によりまちまちのようですが…)


通訳成果物の著作権
しかし、残念なことに日本には通訳成果物の著作権について理解がない(知らない)企業が少なくありません。実際に国際的に名の通った大企業との商談時に「著作権を放棄してください」と(何の対価もなく)一方的に主張された時には驚きました。でもこれが現実です。

個人的には通訳成果物に対し二次使用料を請求する前に、使用目的を確認した上で納得のいくものであれば、覚書を作成するか、見積書の備考に著作権を放棄しない旨を明記して、受注時に見積書番号を添えてご発注いただくようにお願いしています。そうすれば、お客様も成果物に二次使用料が発生することは承知されるでしょうし、気になる場合はあえて先方から追加料金の有無を聞いてこられます。これまでのお取引で、不正な、あるいは意図しない二次使用への抑止効果はあったと感じています。


DL/AIの未来への考慮
上述のように、今後、RSIや遠隔業務が広がるのに合わせ通訳成果物の二次使用については積極的に通訳者からお客様に何らかの形でお伝えしていく必要があると思っています。これにはもう一つ別の理由があって、それは機械学習(Deep Learning)や人工知能(Artificial Intelligence)とRSIプラットフォーム技術の融合の可能性があることです。

機械翻訳ならぬ機械通訳が可能になるには、機械翻訳のために多数のデータを読み込ませる必要があるのと同様、通訳のオリジナルスピーチとターゲット言語での通訳音声の両方を読み込ませる必要が出てきます。RSIプラットフォーム開発者はこれらのデータを収集するのに有利な位置に存在しています。通常は、データ学習の際に特定の通訳者と音声を紐付けて管理することは考えにくいです。しかし、音声は一度収集(録音)されればどんなに決め事をしていようと、私たち通訳者の預かり知らぬところで出回っていく可能性をゼロにする事ができません。

そこで私は、自分が指定されたRSIプラットフォームで未来の通訳システムのためにデータ収集が行われているのかをそれとなく質問してみるようにしています。それにより「通訳者が自分の成果物を大切に扱って欲しいと感じていること」を伝えられると考えています。実際、質問をしたケースでは仲介エージェントに知識がなかったので聞き返されましたが、丁寧に事情を説明したところ快くRSI業者に確認はして頂けました。(個人的に「個人情報保護に配慮し収集している」との回答があれば特にアクションを起こすことは得策でないと考えます。)

コロナ禍で仕事量は激減はおろかほぼ消滅に近い状況です。しかし、この状況の中多くの新しい通訳スタイルが生まれました。通訳者はそれを可能にするための機材操作を学び、コロナ禍後に一部市場が遠隔へ移行するのに対応する準備をしています。私が参加する通訳者のコミュニティでの情報交換は盛んで、一緒に乗り越えようという気概を感じ取れるのは本当に嬉しいことです。
今月初めから少しですがお問い合わせが増えてきた気もしますが、引き続きこの状況にあっても切磋琢磨していく事が、お客様に安心してご依頼いただくためにできる、私たちの「今の仕事」だと痛感しています。