2017年7月29日

宮原とビール飲む暑気払い2017

最近は結構東京、たまに広島の宮原です。

突然でありますが、暑気払い飲み会を開催予定です。今朝思いついたばかりなので誰もまだお誘いしてません。なので一人飲み会の可能性もあるのですが…
宮原とビール飲む暑気払い2017



【日時】
8月5日(土)18:00〜

【場所】
広島市の街どっか(人数確定し決定後、個別にご連絡差し上げます)

【参加資格】
通訳翻訳にご興味のある方、もちろんプロ通訳者翻訳者も、あとは宮原と飲みたい、宮原を一度見てみたい、宮原はいらんがビール飲みたい、単に美味しいもの食べたい、という方のご参加をお待ちしています。

【参加表明方法】
m.miyahara(a)peacelink.jp へ直接メールをお願いします。 (a)を@に変えてください。

場所のご提案もあれば歓迎します。木曜日ごろには決めようかなぁ…というゆるゆるです。一人飲みになったら、一人暑気払い「うぇ〜い!」写真をこちらに後日アップします(笑)

2017年7月14日

早口さんへの "Slow Down!!"

先日、ブース同通でご一緒した通訳者が使っていたアプリをご紹介します。残念なことに紹介者と同じ現場ではあまり効き目がありませんでした。でもアイデアが斬新だったのでなんとなく試してみたくなり使って見たところ、少しライトを落とした講演の場ではなんと大当たり!効果がありました!

アプリは以下紹介のもの以外にも沢山あります。こちらの二つは無料アプリでしたので参考まで…。


日本語でも英語でもスピーカーの早口に悩まされることが多いことは、一般的にみなさん想像がつくと思います。それでも逐次通訳であれば、聞き取りができる速さなら訳出は通訳者のスピードで進めることができます。早口のスピーカーであっても訳出スピードを少し抑えるとそれに影響されて少しスピードダウンし、落ち着いて話始めるスピーカーもたまにおられます。スピーカーとつい同じスピードで訳出を始めると自分の首を絞めかねないので注意するようにしています。

でもスピーカーの早口で悩まされるのは何と言っても同時通訳です。どうやってもスピーカーが話す尺に訳が収まらず、さらに訳出が遅れてしまうことをどう回避すればいいのか?情報を意図的に落とすこともありますが、こういう場合の意図的に落とすは「落とさないと追いつけない」から「落とす」場合が多く、訳出しながら焦りまくる脳みそでは情報を正しく取捨選択することを一瞬の判断でおこなうことはものすごく難しい。結果、効率的に情報を伝えきれなかったり、ただ早口でまくし立てただけで印象に残る形でメッセージを伝えられなかった…という惨敗感満載で会議を終えることになることも少なくないのです。

打ち合わせ時に「普段話すスピードより少しゆっくり目を意識して話してください」とお願いするのですが、大抵みなさん姿勢は協力的なので「もし早過ぎたら合図して下さい」と言って下さいます。でも彼らは講演中に通訳ブースの方向なんぞ多くの場合は見ちゃいないのです。打ち合わせから劇早のスピーカーはだいたい自分の早口を認識しているので、ジョークの分かりそうな方なら「早口になったら私、ブースで踊り始めてしまうんです!」などと言うと、結構ウケます(笑)

今回はこのネオンサインを自分のiPadに流して頭上にあげましたら、一度目は苦笑いして少しスピードダウンしてくださいました。二時間のプレゼンのうちトータル3回このサインを使いましたがいずれも前半で後半は使いませんでした。講演後、スピーカーからよく見えたよと声をかけていただきました。

通常はスピーカーが話そうと決めているスクリプトやスライドの量があるはずなので、いつもこの時のようにうまくいくとは限りません。でも、前方から見たときにブース内で人間が立ち上がって「落ち着け!」ポーズを取るよりも、こちらのネオンサインの方が目立つようです。ご興味ある方はぜひお試しを。

2017年7月10日

通訳しました>> "パレスチナ占領50年企画 国際シンポジウム”

珍しく今回は担当させていただいたお仕事の紹介など…

普段東京ではIT関連の仕事が多数を占めています。一方、頻度は大変少ないのですが広島で頂く仕事はやはり自動車関連が中心です。そんな中、私にとっても通訳として取り組むのは初めてとなるテーマ「パレスチナ・イスラエル問題」に関する国際シンポジウムの逐次通訳を担当させていただきました。


今年はイギリスによるバルフォア宣言(1917年)から100年目、そしてイスラエルによるパレスチナ占領(1967年)から50年を迎える節目の年にあたります。これを受けて、"パレスチナ占領50年企画 国際シンポジウム”が東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所中東イスラーム研究拠点NIHU(人間文化研究機構:National Institute for Humanities)主催で、東京、大阪、京都、そして広島の各拠点で開催されました。僭越ながらイスラエル・パレスチナ研究で著名なお二人の講演者の通訳を、7月9日(日)に広島「ひと・まちプラザ」マルチメディアスタジオで担当させていただきました。

先週は先立って行われた東京大学での講演も聴講しました。事前にお二人の講演を聞けたことは収穫でしたが、同時通訳のパフォーマンスが素晴らしく個人的にはハードルが上がってしまい無駄に緊張する羽目に…(笑)そして、東京講演では人の出入りがかなりありましたがピーク時で100名を超える参加者がありました。

広島では何名くらいが聴講されるのだろう?と思っていましたが、なんと約80名の参加者がありました。お二人の講演自体は淡々と逐次通訳で進行しました。ですが、嬉しいことに質疑応答で非常に活発なやり取りがされました。Dr. Nakhleh(左)とProf. Shlaim(右)は初めての日本そして広島訪問で、お二人ともがやはり特別な感慨を持ってこの広島での講演を迎えられているように感じました。



弊社の屋号は「ピースリンク通訳事務所」です。「平和をつなぐ」お手伝いができることは、私自身にとっても格別に嬉しいことですし、お話があれば積極的に務めさせていただきたいと考えています。今回のお仕事はそういった意味でも私の通訳キャリアの中でもマイルストーン的なものになりました。この場を借りて関係者の皆様に改めて感謝申し上げます。

この問題を理解するには根が深すぎて簡単にまとめるのは難しいのですが、それでもあまりに日本人は知らない気がします。少し時間はかかるかもしれませんが、今回シンポジウムでフォーカスした内容に絞ってこのブログでまとめてみようと思います。

2017年6月28日

残業は悪か?


先日、日本の大手企業の管理職研修の仕事をしました。その一環として上級幹部社員との対話がおこなわれ、初めて管理職に昇進した若い社員たちが口々に事業継続性の危機感について質問を投げていました。仕事を効率的にしたい、おもしろい変化を起こしたい、お客様に喜ばれたい…そう思っても様々な規制に阻まれてそれができない、一体我が社は生き残れるのか?というものでした。その規制の一つが残業規制でした。電通の痛ましい事件以降、特に各社の自主残業規制が強まりこの企業も例外ではなかったようです。

昭和の高度経済成長時代は、プロジェクトのために多くの人が情熱を傾けて仕事をしてその対価が残業代という形になっていたのだろうと思います。ですが、良い商品を作るには時間がかかります。商品を発案し技術開発をおこない市場との整合性を検証し調整してさらに宣伝広告した上で市場投入に至ります。それには多額の投資が必要です。なぜなら、市場で認知され販売による収益が上がるまで、それらの活動や成果物は企業に対して何の利益も産まないからです。

戦後世代の情熱と努力の賜物として日本には優れた「ものづくり」の文化が生まれました。このものづくりでは、「もの」を相手にしているだけに市場投入までの時間(TTM: Time To Market)がどうしても長くならざるを得ません。そこに注ぎ込まれる技術の発案やテストには多くの才能と技術を必要とします。昭和の経済成長は企業の社員達が、現行プロジェクトの仕事を済ませた後で夜遅くまで残業して研究開発をコツコツ進めた成果だったのではないでしょうか。

この朝日新聞の記事を受けてSNS上では「仕事終わって、会社でなにしてんの?」という声が多く上がっていますが、その前提は「残業収入をあてにしてるだけのつまらない社員」という見解でしょう。しかし、残業という言葉にはいつからそんな「うしろめたさ」がつきまとうようになったのでしょうか。

今は何でも工数管理され、承認されない事には手をかけることが許されません。承認されたプロジェクトでさえ失敗すれば社内的に処分の対象になりかねません。そもそも、研究機関や大学にさえこの流れが押し寄せる日本で、自由な発想、自由な研究はどうやって生まれていくのでしょうか?

仮に、仕事に関わる研究や能力開発を仕事の外でしたとして、それが後に企業に大きな利益をもたらしても、今の日本の企業制度の下では個人がそれに見合う見返りを得られません。ノーベル物理学賞を受賞した中村修二さんの例のように、また彼自身がノーベル賞受賞時に強く示唆したように、優秀な頭脳は確実に海外流出していくでしょう。「優秀な社員から辞めていく」という声は先の会議の社員の声として聞こえていましたが、これはすでにその流れが押し寄せていることを如実に表しています。

残業規制が流れとして出てきたことは、そうなる背景が存在していたことも認識していますし、個人的に否定の立場はとりません。残業という言葉の裏側に「うしろめたさ」をつきまとわせる原因を作ったのは誰なのか?率直に言えば、日本企業の社員達が直面する閉塞感は、時流を読まず既得権益にしがみついた経営陣の判断ミスによるところが大きいと私は考えています。

しかし全ての責任が一部の人達にあるわけではなく、現実には、現状に満足して世界の時流に追い越される自分達を見失った私達全てに問題があったと言わざるを得ません。裏返して見れば、私達の多くにとって、閉塞感に満ちた現状は、時代や社会の雰囲気になすすべなないまま、あるいは気付かないうちに流されてしまった結果とも言えます。

そう考えると、先日の会議で聞こえた企業社員の悲痛な声「仕事を効率的にしたい、おもしろい変化を起こしたい、お客様に喜ばれたい、でも残業規制が厳しすぎて…」に、なんともやりきれない気もしますが、同時に「まだまだ捨てたもんでもないのかも?」とも感じることができます。ありきたりかもしれませんが「ピンチはチャンス」日本企業、まだまだ頑張れ!…な感じです(笑)