2016年12月11日

「同時通訳はやめられない」袖川 裕美 著

長い間、いわゆる「積ん読」でしたが読み始めたら一気でした。もともと翻訳者でいらしたということで、文章はとても読みやすく理解しやすいと感じました。

「同時通訳はやめられない」 袖川 裕美 著

私が同じ通訳者という立場なので、言うまでもなく共感する事ばかりです。しかしながら著者は、私が同じレベルで「そうそう!」と頷くのが正に「おこがましい」、経験も実力もある通訳者です。それでも読み進めながら「そうそう!」と思わず感じさせてしまうその文章には、著者の構えない偉ぶらない人柄を感じずにはいられません。

著者は長い通訳キャリアの持ち主であり、その中で担当された分野は多岐に渡ります。特に、バブル後期から通訳業界に身を置かれてきたことで、日本という国家の文化的そして政治的な世界での位置付けの変遷について得られたとみられる知見は膨大であることが伺えます。これには舌を巻くより他ありません。一方でご自身が心酔されている音楽家を端緒、クラシック音楽の分野で著名な音楽家の通訳業務にも次々と携わられた他、スポーツでも多くの選手や監督の通訳を担当されています。それぞれについて著者自身の印象を書き記されています。その文章には著者の飾らない、でも「おもしろい物、人、見たい!」というガッツというか好奇心が全面に出ており、読んでいるこちらも「そんなドラマが有ったのか」と引き込まれてしまいました。

今まで通訳者として技術的に素晴らしいと感じるパフォーマンスをする同僚や先輩には多く出会いました。ですが、フリーランスとしてビジネス抜きで他の通訳者と付き合うことのできる場面はごく限られています。人間的にお互いを深く知り合うほどのお付き合いはなかなか難しいのです。ネットは素晴らしい情報源ですが、一方でネット情報はどこかマーケティングに寄りがちな気がして、最近どうしても少し斜に構えて読んでしまうのは、私の悪い癖かもしれません。そんな中、この一冊からは著者の等身大のお人柄が立ち上がり見えるような気がして、またそのお人柄がとても尊敬すべき慕わしいものに感じられました。

以下にそれを印象付け「きっと間違ってない…」と私自身がキャリアの模索で感じている迷いを受け止めてくれた部分を引用します。

「あとがき」より
…結果、本格的に勉強しようと大学院に行くことにした。

私は、それでも、この時、英語が「大体」わかるようになったと思っていた。だが、この「大体」が曲者で、その後ずっと今日に至るまで「大体」が続いている。確かに理解できる量は増えてはいるが、すべてを完璧に分かることはない、
自信を持ちかけては失い、失っては持ちかける。これがどこまで行っても繰り返されるように思える。それでも、去年より今年のほうが少しマシになっているのではないか。こう感じられる限り、通訳をやっていきたいと思っている。

こんな方が自分の業界の(やはりとてもおこがましいのですが…)大先輩でいて下さる事をとても誇らしく嬉しい…という、爽やかで身の引き締まる読後感。私にとってはそんな一冊となりました。

蛇足ですが…

私は著者程の経験はないものの、比較的様々な業界で満遍なくITに関わるお仕事をお引き受けしています。バブル期以降のITの世界でインターネットの普及にともなう世界経済、政治、ビジネス、人々の生活や振る舞いの変容を、どなたか「通訳者は見た!」的に、業界別、分野別に書いて下さらないかな…。そして来るべき「Google通訳」の時代について考察してもらえれば、是非読んでみたい…です。よろしく(笑)

2016年12月4日

「通訳の仕事とは」小学校高学年〜中学生向け

毎年、春先と夏休みが終わる直前には小学生や中学生から可愛いメールやお手紙を頂きます。「通訳の仕事について教えてください」というものです。今回は学生時代の同級生のお子さんが夏休みの課題の職業調査をしたいので…ということで相談を受けました。

以前にもこちらで、そのやりとりの概要をご紹介したことは有りましたが、今回はレポート本体に直接書けるような具体的な内容をまとめてお返事できたので、この際、これを公開してしまおうと思います。

あくまでも、小学校高学年から中学生向けで「会議通訳の概要」がつかめる事を意識しました。




通訳者の仕事

1. 通訳とは
まず「通訳する」ということについて説明します。世界には様々な言語(手話も含みます)が有りますが、二ヶ国語間の話し言葉をお互いに意味が通じるように相手に伝える行為を「通訳する」といいます。書き言葉を別の言語の書き言葉にする事は「翻訳する」と言い、通訳とは一般に区別されます。(ただし、英語だとtranslation=翻訳+通訳と定義されるためよく混同されるし、二つの仕事に求められる能力の違いを理解してもうのはなかなか難しいことです。通訳=interpretingです)よい翻訳者だからといってよい通訳者ではないし、その逆もそうです。特に同時通訳には特別な訓練が必要です。

2. 仕事の仕方
私は日本語と英語の会議通訳者です。観光客にガイドをするなど通訳ガイドの仕事とは違い、官公庁や一般企業などが行なう会議の通訳をしています。登録している複数の通訳エージェントから仕事を依頼・紹介されたり、あるいは直接お客様から依頼を受けて、お客様先やお客様が主催・参加する会議やイベントなどで仕事をしています。

3. 通訳の種類
通訳のやり方には大きく分けて二つのタイプがあります。逐次通訳と同時通訳です。

逐次通訳について説明します。逐次とは「順を追って、次々に」という意味で、逐次通訳とはスピーカーが話した後に一定の間を置き、その間にスピーカーが話した内容を通訳することです。
一方、同時通訳とは、スピーカーが話している内容を話しているのと同時に聞き手に伝える作業です。同時通訳では、スピーカーと通訳者が同時に言葉を発するため、聞き手に聴きやすいようにするために多くの場合機器が用いられます。小さな会議では、聞き手はレシーバー(受信機)にイヤホンをつけて通訳者の音声を聞き、通訳者はマイク(送信機)を持ち小さめの声で邪魔にならないように通訳音声をマイクに向かってしゃべります。大きな会議では会議場に作り付けの通訳者ブース(通訳するための機器のそろった小部屋)がある場合もありますし、なくても仮説ブースと言って小さな小屋のような小部屋を作って音響機器を設置し、そこから通訳の音声を聞き手のレシーバーへ送信することもあります。
ですが、同時通訳にもウィスパリングと呼ばれる機器を使わない方法もあります。ウィスパリング(Whispering)とは「囁く」という意味で、聞き手が二人くらいまでの時は聞き手の横や後ろに通訳者がすわり耳元近くで囁くような声で同時通訳する事をいいます。二国間の首脳会談などでは各首脳の横に通訳が座り仕事をしている様子が時々映し出されますが、そこで使われているのもこのウィスパリングという手法です。

4. 通訳の方法
通訳は高い集中力が求められる作業です。同時通訳では必ずペアまたは3人以上で組になって通訳を行います。通常は通訳作業に求められる集中力が続くのは15-30分と言われていて、私の周りでは15分交代が一般的です。自分の番でない時には、もちろん頭を休める事もしますが、難しい会議になると通訳の番の人が訳すのに苦戦している場合に該当する資料を差し出したり、時には数字や固有名詞などをメモして差し出すなどの補助をすることもあります。つまり、通訳には時にはチームプレーが大変重要な役割を果たします。逐次通訳でも業務時間が長い場合はペアで作業することもあり、同時通訳の時と同様のチームプレーは重要です。

5. 職業につくために
日本の大学にはまだプロの通訳者を養成する学部や学科はほとんど有りません。通訳理論や通訳訓練を受けられる大学はかなり増えてきましたが、卒業したからといってすぐに通訳職につけるのはまだ稀だと言えるでしょう。通常は通訳学校に通い勉強をし、通いながら、あるいは卒業してから、英語を使う仕事から通訳補助的な仕事、そして社内通訳者やフリーランス通訳者というふうに少しずつ経験を積んでステップアップして行きます。一般に帰国子女や留学経験者が多いと思われがちですが、私のように海外留学経験もなく日本だけで勉強して通訳者になった人も少なくありません。通訳者は様々な業界のお手伝いをする仕事なので、むしろ英語とは関係ない業界で仕事をした経験が役に立つことがよくあります。例えば私は大学卒業後すぐはコンピュータ関係の仕事をしていました。今はどんな業種でもコンピュータやインターネット抜きには成り立たないという背景もあり、前職で学んだ技術や知識が多くの仕事現場で役立っています。

6. やりがいや楽しいこと
自分が苦労して身につけた技術で仕事ができていると感じられることがやりがいです。また、お客様のビジネスが上手く行き喜んで下さる様子を直接目にしたり、その場で顔を見て「ありがとう」と言われると嬉しいです。また、毎回違うお客様の違う分野のお仕事を担当しますが、多くの場合、分野の最先端の動向や情報を新しい知識として吸収できるのが楽しいです。例えば、医療機器の説明会、化粧品会社のマーケティング会議、サングラスの商談、核燃料商談検討会、コンピュータやインターネット企業の会議、福島第一廃炉技術検討会、現代アート市民会議、自動車他製造関連企業の会議、マーケティング関連会議、建築技術セミナー、電力会社の会議、様々な企業の記者会見など、挙げればきりが有りません。あと、有名人に会える機会も比較的多い職業かも知れません。また、私は普段は広島か東京で仕事をしていますが、頻度は限られているものの国内外への出張があり、自分では思いもしないような場所に行くことがあります。訪問先で現地の様子を見たり、現地の食べ物を頂いたり、人々にあったりと、初めての経験ができるのは楽しいです。過去10年程の出張先は日本国内各地を始め、海外では中国 (上海、マカオ、香港、重慶、武漢、広州、海南島)、アメリカ (ボストン、ピッツバーグ、ロサンゼルス、デトロイト、シアトル、ハワイ) カナダ(サスカチュワン、モントリオール、トロント)、オーストラリア、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、台湾、UAE、スペイン (バルセロナ、マヨルカ) 、バーレーン 等です。(私は随分少ない方です)

7. 小中学生の時に何をしておけばいいか
英語だけでなく好きなことや興味のあることは何でも一生懸命に勉強しましょう。学校の学科でなくても、スポーツでもゲームでも自分が面白いと思うことがあればとことんやってみましょう。でも、最初は何となく面白そうでも慣れてくると飽きてしまうこともあります。その時にちょっとだけ我慢して「知ろう」とする努力をしているとまた面白くなる時がきます。(それでも面白くならなかったらやめてもいいと思います、笑)通訳は一つ一つの仕事の前には沢山の調べ物をして内容や言葉に慣れておく必要があるので「研究」できる根気があることが大切だからです。また、通訳者というとどうしても英語が大切と思われがちですし実際大切ですが、日本語も同じくらい大切だとよく覚えておいてください。特に日本人のお客様相手に話をするときに、敬語を含め正しい日本語が使えることはとても重要です。そういう力を養うためにも、沢山(英語でも日本語でも)本を読みましょう。分野は何でも構いません。漫画でもOKです。私も知らない分野のことは、漫画や小中学生向けの本で勉強することも有ります。




以上、いかがでしょうか?でも、今の若い人たちにあまり進んで「通訳者」という仕事を勧めるのが良いことなのか、昨今の機械翻訳の飛躍的な性能向上を目の当たりにすると悩ましいところです。15〜20年後に通訳という仕事はまだ存在しているとは思いますが、ローエンドの仕事は間違いなく機械翻訳(通訳)に取って代わられているでしょうし、時間のかかる人間通訳養成を敢えて試みる理由を認識する企業は確実に減少しているでしょう。この話はまた別の機会に…